咲-Saki- 全国編 第13話

 後日譚。
 和と阿知賀との因縁について話が展開され、あと、咲の過去話をフラッシュバックという形で提示。なんとものんびりした回であった。
 どうも今期は勢いが今までとは違った感じで落ち着いたものだったように思う。準々決勝をまるまる描写して、以後は準決勝、決勝と続くのだろう。それに至るまでのつなぎといったところで、そうおそうトバしていくわけにもいかず、そういった意味ではこの落ち着いた感じはクライマックスに向けて丁度よいところだと思う。
 常々この作品は麻雀の面子五人を一つの組織とする、いかにそのメンバーが目的達成集団として調和して行くかという組織論が埋められていると感じていたのだが、今回はその色が薄いような気がした。というか、もうそういう組織論を離れて、麻雀を通じていろいろな組織が繋がっていく過程を描写していくのかもという気はした。今までの対戦相手との繋がりが重視されており、かといって組織の枠を取っ払って融合するってわけでもないんだけど、日常を共にする仲間を軸に据え、その一つ一つの組織がどのように作用していくかといったところか。いやまぁ勝負なんで、その一つの組織が優勝を目指して、一人一人の選手に他のメンバーがどのように協力・支援するかというのは本筋なんだけど、じゃぁ組織の勝利のためにそのほかの組織はどうなってもよいのか?という部分については、いわゆる一昔前のスポ根モノとは違う次元に達しているのかなと。というか、その一昔前のスポ根は主人公(チーム)以外の他の要素はもうホント主人公の引き立て役以下のものでしかなかったけど、もう今の競技モノはそういう構造のものは少なくなっていると思う。
 いやまぁそういう方向は自分的にも好ましく思うんではあるけど、実際の競技者はやはり優勝を至上命題として必死になっていると、ある種のキレイ事でしかないわけで、まぁそのへんリアリティはどうなの?って部分はあると思う。勝利を掴むためにどんな汚い手段でも用いたいと思わない選手もいないわけではなく、でも実際の競技者ではない視聴者が、そういうドロドロを見たくないというのもあって、競技のステークホルダーみんな仲良し描写なのかもしれない。が、昔は男なら野球、女ならバレーみたいな構図が、スポーツの多種多様化の過程を経て、興味のない競技の優勝にそれほど意味が感じられなくなって、それが特定の競技における優勝の絶対→相対化が起こった結果と思わなくも無い。競う場が一つしかないところでのトップに与えられる名誉はまぁそれは大きなものがあったとは思うんだけど、サッカーにしか興味のない人にとっては今や野球での優勝はどうでもよいものにはなっているわけで…。じゃぁある競技にしか興味のない人が、他の競技で優勝を目指して人を蹴落とさんばかりの足の引っ張り合いの末の優勝争いを見たときに、それは見苦しいものにしか映らんワナ。
 で、その競技イメージの向上というのも考えなくてはならなくなって、それがやれ八百長の排除だとか、トレーニングにおける体罰の忌避だとかの流れになっていってるんだろうとは思うんだけど、でも反面、そういう汚い手段を全部排除した上で、その競技に必死さというのが欠けてくるのだとしたらそこに見世物としての魅力があるのか?というのがプロの世界でもあって、いや、だからズルが面白いわけでも許されるわけでもないんだけど、人と競うってのは人間の動物的な部分であり、その動物的な要素を見たいからこそ興行としての競技があるという矛盾だワナ。
 というわけで、この作品だと、準決勝、決勝と進むにつれ、そういう動物的要素が加わってくるのかもと思いつゝ、まぁ確かに準々決勝ではその辺のキャットファイト的なものを描くわけにはいかんよなとは思った。ちょっと物足りなくはあるけど、それは清澄の決勝戦までの構成といった面ではきわめて適切といったところ。