ぼく勉文乃解決編、戦恋そろそろかな

 うーん、ぼく勉、いかにもいい話に仕上げてるんだけど、泣きぼくろちゃん母のビデオレター、どう考えても父が反対するからその時はコレを見せろとばかりの仕立てになってるの、あまりにも出来過ぎ感がある。しかし、文乃母、冷静に考えると高校のときは数学苦手で、それで大学の数学科経由で学会にその名を轟かすほどの業績を上げるって、どう考えても父親が好きになったから高校のある時期に一念発起して自力で頑張ったとなるしかないんだが、これでいいのか?。まぁ途中で努力して成果を出すってのは、泣きぼくろちゃんの前途は洋々たるものって理屈付けだが、これはこれで強烈な先天的能力になるわけで。とはいえ病室に高校時代の数学答案を持ち込んでいるというのがなんかオカシイ気はするので、そのへんなんらかの母のごまかしがある可能性はある。
 で、泣きぼくろちゃん、主人公争奪戦に正式参戦。他のヒロインの気持ちを知っているから状況的に泥棒猫なんだけど、いちおう正統派ヒロインなんだからそのくらいのハンデをつけとけってことなのかも。



 戦恋、あと数話なんでもう構図がひっくり返ることもないと思うので整理しときたい。
 自分が数話見て気にしてたのは、主人公に同性の友人がいないこと。これ、物語がジュブナイルなら大抵避けて通れないポイントのはずなんだが、ホントきれいさっぱり親友どころか男の理解者すらいない。主人公は見かけが怖いというだけで、人間としてそれだけはなくっちゃいけないだろうという部分での欠けたところはないようだし、女に好かれるだけの資格も描写されているし、それはすなわち男の友人がいてもおかしくない資質にもなってる。
 そして、ちょっと他の物語と違うのは、主人公が社会で孤立していながら、それでいて努力の方法は社会との良好な関係を築くという方向ではないこと。主人公自体は孤立を良しとしているわけでもないし、社会を救うという方向性なのに、ちょっとこの流れは異質。かといって社会の側が主人公を受け入れるというものでもない。あくまでヒロインズの「神」というむしろ社会から超越した存在から認められている。
 戦いもそう考えてみたら異質であって、神族の敵方に操られていたとはいえ、社会が主人公を攻撃する…だとか、主人公が社会のために戦っているのであればせめてその戦いの風景を社会に公開して理解を得るというシチュエーションにしてもいいのに、わざと戦いの場を社会から隔離して異次元空間で戦うとか、やはり社会と関係を構築するって感じにはなってない。最近の話を見ると、主人公とヒロインズは、「セカイ」は守るつもりだが、「社会」そのものはべつにそれほど守るつもりがないようにみえる。
 というふうに、冷静に考えたら、これでムフフな描写と合わせてみると極めて気持ち悪い世界観ではあるんだが、とはいえ、視聴中に気持ち悪さを感じることはないし、こうやって気持ち悪い世界だと把握したところで、作品全体が気持ち悪いとも思わない。これは個人的な感覚ではあるが、日本の現状だと、社会は無条件で守られるべきもの…という認識でもないんだろうなと思ってるのが一つ。今になってどうやら就職戦線でもコミュ力重視に疑問符がついてきているようで、関係性を優先順位に置きすぎた社会もロクでもなかったなという反省が漂いつつあるからかもという気がする。


 で、この作品をこう謂れもないイジメにあってる層に対しての応援歌のように思わなくもないのだが、かなり早い段階で自分の念頭に浮かんだのは、これ、婚活市場の描写なんじゃね?ということ。主人公、土地持ちだし、定期考査という形では数字に出ないけど、決して学力が低いわけでもない。それにヒロインズが群がってる状態。いろいろ見てきたが、ヒロインズはそう決められているからというのもあるのだろうが、他キャラと比較すると主人公が婚活市場での優良物件に見えているわけで、嫁でなく恋人ということであれば、一夫多妻が許容されている世界観なので主人公の気を惹く競争をしているだけのように思える。いわゆる理屈抜きで好きになっているわけでなく、婚活市場での優良物件だから好きになる努力をして、付き合ってみれば別に悪い男でもないわけで、徐々に関係性を深めているだけのように見える。主人公は主人公で、そもそも相手が押し寄せてくるのを不思議に思っているわけで、そりゃ男だから性的関心がないわけじゃないけど、基本相手が好きだと言ってくるから失礼のないように合わせているだけで、基本すべてに戸惑っている感じ。
 そう考えると、たしかに主人公とターゲット層を重ね合わせてラッキースケベを疑似体験させるハーレムものだという形はとっているんだけど、単純にハーレム展開バンザイの構図にはしてないような気はしてる。


 さて、ようやく満を持して一千花が正式に顔出ししたわけだが、思いがけずツボにハマった*1。隊長、自分が性的存在であることをわかってもおり、おそらくそれを受け入れているからこそ他人には強がって見せてるんだなというように想像できてしまうので、個人的には他のヒロインより全然格が違うと感じる。今まで顔出ししなくても登場はなんどもさせてるわけで、これだけ引っ張って引っ張って、あとラスト数話になって担当回を作るの、やはりアニメスタッフも一千花の重要度をわかってやってる感じはする。

*1:個人的には彼女がこの作品の中で一番カワイイ。めんどくさそうに見えるが、一歩彼女のインナースペースに踏み込めれば強固な関係性が築けそう。

サイコ3そういやもう残り1話なんだな。

 うーん、正直なところ、あと1話で広げた風呂敷畳み終えるんだろうか?と心配になってる。「続きは劇場版で」って匂いがプンプンするのだが、一時間枠なので次で話を閉じるのは別に不可能でもないんで、まぁそのへんは見てのお楽しみかな。
 次で評価が変わるかもしれないんだが、個人的な印象は、虚淵の作った世界観を利用したFAという感じ(要するに二次創作)ってとこ。冲方丁、マルドゥックスクランブルで知っていつか読まなきゃとは思っていたのだが、残念ながら読む機会がない。天地明察は読みやすい小説だろうし、なんやろ?、嫁さんとDVで揉めてキレがなくなっているのかなと下衆の勘繰りをしてしまうんだが、フツーにおおきなおねえさま向けにチャチャっと仕上げただけで能力を深堀りに使わなかっただけのようにも思えるのでなんとも。
 個人的にツボったのは、「犯人が死なないと事件は終わらない」というセリフ*1。当人は自分がやってることを犯罪だと自覚してるわけで、外部から止める手段がなければ歯止めが効かない。権力側だったら次は露見しないよううまくやる…ってやり方を変えるだけで、悪いことだから少しは自粛しようとはならないのを、今、この瞬間も、誰もが目にしてるんで、本気で止めるんだったらもう当事者を殺すしかないってのはまぁそりゃそうだよなとしか。

ルフレ、金鍵SR取れてしまう。

f:id:corydalis:20191206200142p:plain
 10回引き、1+4で引けてしまう。



 今連勝SRを取り尽くして、マカロン1個取得、2個めに入ってる。本当にマカロン一切取らずにレイドを終えたら、ランキング1万位を超えてしまうため。なつかしソーダは2万位まで貰えるので別にのんびりやってもよいのだけども、炭酸百個ぐらいなら回復可能かと割り切った。いちおうマカロンは2~3個取って終わるつもり。攻援が中途半端になってしまうがフルマカはちょっとしんどい。ホントはマカロンをすべて諦めるか、フルマカにするかどっちかのほうが無駄がないんだけど…。

*1:灼はもう不殺の誓いでもしてるのかという行動様式なので、このセリフは彼にしては強すぎる言葉

今回は司書悪くなかったかな。

 慎重勇者はあいかわらずの面白さ。さいころはぼちぼち。今週は司書が割とよかったかな。というのも、「自分が稼いだお金を自分のために貯金」というセリフが妙に光ってるとこ。これ、いわゆるヴェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神のアレ。ルッツがマインのセリフで気が楽になったといってたから、庶民はカトリックに縛られてるはず。ベンノは商人だから、たとえカトリックであったとしても心の底では儲けや貯蓄バンザイだったろう。つまり、おそらくマインはカトリック全盛のあの世界に、紙作りなどの技術と同じようにプロテスタンティズムを持ち込んだ…という描写のはず。もしあの世界観でプロテスタンティズムがあったのならルッツが後ろめたく思うはずがない。カネにつられて人々が労働に精を出し始めるのもおそらくそれを意識してるから。
 これは前回☓と示したことなんだが、契約に魔法を使うのはどうなんかな?というトコ。魔法が不正を許さない世界観なら、商売で人を騙すだとかそういう試みは自動的にないことになるわけで、ならカネはあるとこからできるだけとれとかと整合性が取れない。そのへん安直に魔法を持ち込んでほしくなかったかな。あとは身喰いの扱いがしつこい。個人的には黒死病とかと置き換えて視聴してるし、フツーにそのあたりの伝染病でいいじゃんと思うが、転生とか身分制度あたりと紐付けしていてこだわりがありそうだから、自分が文句つけてもなとは思うが。
 やっぱこの作品のキモはともすればあっさりと死にがちな中世(ファンタジーだが)で、人の命を慈しむって感じの人々の想いの部分なんだよな。医療技術が発達していないからこそ死に対して謙虚にならざるを得ないし、いざ自分が死ぬかもと思えば他人の死もそう無碍に扱うわけにはいかないって精神性ね。カネを積んでもカネ持ち貧乏人別け隔てなく死ぬときはあっさり死ぬし、だからといってカネ持ちはカネを積まざるを得ないってのもイイ。中世の人々の死に向き合う態度がこの作品のとおりだったかどうかは別にしても、少なくとも現代の死生観とは違うってのを示すのは割と好意的に評価してる。だからこそ身喰いとかファンタジー要素でごまかさないで欲しかったってのはある。個人的には本当に人が何人か死ぬ描写を混ぜて対比して欲しいと思わなくもないが、この作品のカラーだとか、主人公でこれだけイジっちゃったら、もう無理なんだろうとは思うが。

なんか今期総集編多くね?

 ライフル見たけど、うーん。うまく再構成されてたけど新カットほぼなし。しかしなんだな、慎重勇者はいきなり初期の頃に総集編やってたし、バビロンに至っては一ヶ月もお休み。バビロンあたりはなんか企みがありそうだけど、それ以外にも今期総集編が多いようでこれどういうことなんだろ?。どうせシリーズ構成の段階で何話にどの話をやるってのはきまってるわけで、総集編やったからその分話数が減るってことはないだろうし。後ろにずれ込む話は年明けにでもやるんかな?。

ルフレ、連勝SRどうしよう

 ちょっと困ってる。オリチカ、今回は割とデザインがよいし、攻援寄りなんで、頑張れば有望な手札になる。そのためフルマカしようかどうか迷っているんだが決心がつかない。今の所ノーマル炭酸1300ほど、ハーフ800ほどなので、100だか200まで激減したハーフが回復してきた状態。今月サンタに293がきてるからおそらく残りのイベントにも来ないので炭酸を大量消費することはないと思うんだけど、やはり以前のようにノーマル・ハーフとも1500ぐらいまで回復させていつでも293のために対応できるようにしときたい。なので、ほぼフルマカは諦めるって方針が強いんだけど、やっぱ後ろ髪引かれる。

ゴーン最新話。

 支持率に関しては、2014年あたりのは、つい先日〆切のネット調査より比較的信用性が高いと思ってる。なぜならやはりモリカケ以前であることが大きい。今では強烈な反アベになっている友人も、その頃はアベ政権に対しては是々非々で望むべきだと言っていたぐらいだからだ。自分に言わせりゃ仮病で政権を放り出した経緯からして、政権復帰直後もオトモダチ内閣だったから最初っから庶民からの搾取を強めるだろうなと思ってたのでお笑いと思っていたぐらい。こんな人達宣言してたときから顕になったが、演説会に支持者層の動員かけたり、公安使って都合の悪い聴衆は排除してたのも2014年あたりではまだ一般に知られてなかった。ある記事で特攻隊員がなんで戦争に反対しなかったのかと悔やむ様子が示されてたが、マスゴミ、戦中の反省まったくなく、特高憲兵の障害もないのに目先の利益のために政権の言いなりになって捏造支持率で国民を騙したなといった感じ。アベも必ず最後には死ぬであろうしそうなるまえに確実に退陣する日は来るわけだが、仮に日本政治が正常化したとしても、マスゴミ、アベ政権下の支持率の捏造は黙して語らずだろう。ほのめかしがあるから判断の手がかりにはなるが、基本的に記事の裏読みができる知能が必要。決してマスゴミの主張を鵜呑みにしてはいけないってことを肝に銘ずる必要がある。


 さて、今回のゴーン、マーリヤを捜査から外すという段階でやはりずっこけた。マーリヤ自身の進言でことはひっくり返ったが、アレそれ以外の部下の理由なくてもオカシイのがまるわかり。つまり、マーリヤを捜査から外しても、妖精教団のターゲットになっているわけだから、当然厳重な護衛が必要。だが、あの混乱時に護衛に割ける余裕なんてありえない描写だったし、ましてや局長の護衛という名目で、逆に局長が護衛するというふうでもなかった。ホント、ドロテアに真っ当な大人がいないというのは見ていてもどかしい。組織が個人(マーリヤ)を守ろうとして、そうではなく個人も組織の一員であるという構図を示したかったんだろうけど、それを支えるための組織側の懐の深さがあまりにも稚拙なのはちょっとどうかと思う。


 そこで対比として現れるのがレイドーン。この作品、他の作品に比べて社会問題意識が薄いのが特徴だが、それでも妖精ではなく「民の声」に耳を傾けるべき…だからスーナを一掃したという流れは古い因習を断ち切って近代市民に生まれ変わるべきという主張のように思える。個人的には民主主義についての言及かなと思わなくもないが、この物語ではあくまでレイドーンは体制側が民衆に対して恩恵を与えると言ってるだけであって、別に民主主義に切り替わるべきとはなってないだろう。
 スーナを一掃したのも、この物語では結果的に正しかったとなっているように思う。生き残りの妖精憑きであるヴェロニカが、復讐でレイドーンを狙うのはまだしも、結局その過程で反政府組織にその能力を悪用されてしまっているわけで、ヴェロニカのあり方そのものがレイドーンの判断が正しかったことを証明している。この構図が描けたことで、ようやっと自分的にはこの作品にも評価すべきところが出てきたなと確認するに至った。
 しかし、マーリヤちゃん、レイドーンに敵意むき出しで萎えた。前にパレードに出てるレイドーンを護衛してたシーンがあったが、あのときは複雑な気持ちながらもこんなに敵意むき出しでなかったように思う。なら、ドロテアがもっとしっかりしてれば防げたかもしれない妖精省の反乱の尻拭いをしてるレイドーンにあんな喧嘩腰とか個人的に見ていて痛々しい感じ。その敵意はもっと前に向けておくべきでは?とすら感じた。このへんの感情の流れに違和感を持ってしまう。


 さて、もう残り数話なんだが、怒涛の展開になるだろう。自分が気になっていたのはヴェロニカとマーリヤの対比で、名前に込めた意味をずっと考えてた。ヴェロニカは最初のうちは植物の名前だと思っていたのだが、ふと気になってggって見たら、これ、土壇場に送られるキリストの汗を拭った聖女ヴェロニカが由来っぽい。なぜなら対になるマーリヤが聖母マリアを由来としていると思われるから。マーリヤの姓はノエル。つまりクリスマスであって、どう考えてもキリストの誕生に関連付けてる。ならキリストの誕生から事切れるという対比をしているのだから、この作品で生まれ、そして無くなっていくもの、つまりキリストに当たるものはなにか?というのが気になってしまうのだけども、シナリオ担当、ホントにそれ考えているのかな?と心配にはなる。単にそういう対になっている構造がかっこよいからそうネーミングしただけってんじゃないだろうな…。あと気になるのはヴェロニカの姓であるソーン、棘という意味だと思うが、この物語で彼女に演じさせている役割はたしかに棘そのものではあるが、それが聖女ヴェロニカに添えられている意味は何かというのも気になる。

ルフレ新イベント、メモリアルストーリーやってみた。

 かけあいシナリオはふむふむの焼き直しらしい。参加になつかしソーダというのが必要で、ガルフレの既存イベント参加で貰える。課金でも買えるが、まぁ無料配布で済ませるわな。イベント自体はエープリルフール企画でやってたもの。
f:id:corydalis:20191202032150p:plain
 センバツ画面で切り替えて対象ガールを一回殴るだけ。ストーリーでガールを規定人数倒したらエクストラに行ける。ストーリーでは難易度が4つあるのだが、Hardでいけると思ったら、いきなり初回から失敗。結局ソーダを2~3個無駄にしてクリアしたが、二人目からは反省してnormalで挑戦。5thまではなんとかなったのだが、Finalでやはりつまづいてソーダを1個無駄にした。センバツはPOPでかためた総攻援122万ほどで5thに170万弱出てた。Finalで大幅に発揮値が落ちてたが、これ対Coolで相性悪いからだろうか?。ギリギリだったから危ないと思っていたがやはりダメで2回めの+5%で倒せたのだが、SWEETでかためたセンバツならなんとかなっていたのかどうか試してないのでわからない。
 しかし、これもしかして主センだけなんだろうか?。一応副センも入れて叩いたのだが無駄になってるとか?。やっぱよーわからん。
 結局これ、ごほうびを獲得するためにできるだけ高いステージで対象ガールを集中的に倒すしかないのかな?。そう思って5thを繰り返してみたが、これ、報酬がブレる。最低3個、最大9個だったが、大体5個出ることが多かった。
f:id:corydalis:20191202033002p:plain
 エクストラ。ストーリーと違って難易度がない。クリア条件も210万だから無理だと悟って試すこともしなかった。
f:id:corydalis:20191202033108p:plain
 ご褒美一覧。7thメモリアルガールSSRラブレターは死守したかったが、なんとか上回って安心。これでレイド、ハンター、対抗戦でとった三枚と合わせて計4枚になり、4Mができる。どうせもう一枚配布されることはないし、リングを使うのももったいないので、3Mexのほうがステータスは若干上回るが、どうするか迷う。
 残りをどうするかだが、見吉奈央を交換したら、次の要求数が5→8となったので、これは終了。この様子だと無駄にしたなつかしソーダが全部有効にアイテム回収できていたとしても4枚とれなかったな。まぁ7thMSSRとれたからヨシとしますかね…。
f:id:corydalis:20191202034704p:plain



ゴーン、クライマックスに向けてぼちぼち

 盛り上がってきたように思う。やっぱレイドーンがポイントだな…。
 が、ゴーンの話は後々することにして、このエントリーは支持率の話をしたい。

続きを読む

ぼく勉文乃回。

 どう考えてもキャラ配置的には文乃っちがメインヒロインの風格なんだけど、なんで桐須先生が人気投票で一番なんだろ?。しかし、このアニメ化だと文乃はホント作画崩れにくいし、そのへんいろいろ優遇はされてそう。で、彼女がメインヒロインであると考えると、まぁこの作品のメインテーマである勉強に関して重い負荷をかけるのも当然で、ついにそれが今回来たといったところかな。


 本題に入る前にとりあえず言及しておくと、緒方理珠の処理、これ、おそらく心理学専攻で間違いないんかなといったところ。オープンキャンパスの回でも好意的に描写されてたし、割と誤解されやすいのだが、実は心理学、バリバリ数学的処理を使う。なので、うどん娘の動機である、人の心の機微を理解したい…というのは残念ながら心理学では学べないわけだが、そのへん原作者もわかってこういう設定にしてるんだろう。今回の、数学科教授に見初められるというのを強化していて、決して数学以外の理系教科をクローズアップしてないところからもまず間違いないと思う。なので、うどん娘の場合、自分の特性にあった進路選択をしてるという形になる。


 さて、今回の泣きぼくろちゃんだが、いろいろツッコミどころ満載。ツッコみというよりはどちらかというと自分の場合、いろいろ考えるネタを投げてくれて面白いといったところ。そもそもこの作品、何度も言ってる通り、主張は「勉強しろ」でしかないので、そもそも学習活動に困難を感じてないキャラが無難にトラブルをクリアしていくという構図にするはずがない。ターゲット層は明らかに勉強を苦手としているはずで、そりゃキャラも勉強に対して苦手意識があるだとか成果が出ないというのを初期条件として設定される。そして試練を乗り越えていくという形になるのだから、まぁ矛盾はあって当然というか、まぁそうでしょ。


 実はずっと気になっていたのは、泣きぼくろちゃん、割と理系科目に対する忌避感が全く無かったこと。なのに成果が出ない。これ実は結構オカシイ。そこで浮かび上がる第一の視点が、(数学に限らず)「才能は先天的なものか後天的なものか」。これ、正解を先に言っとくと、どちらでもあるし、どちらでもないということ。もっとわかりやすく説明すると、本当の天才はまぁいるにはいるんだけど、たとえ天賦の才がなくても努力次第でその分野のトップを取れるぐらいになれる。もちろん逆も然りで、才能があっても極めなければ消滅する。ただ、万人がトップになれる可能性があるといっても、いわゆる「効果は個人差があります」というわけで、環境や努力の仕方がうまくハマるハマらないの要素があるので、事態はそう簡単ではない。


 数的処理について言わせてもらえば、数学というのは計算能力やそれを基礎として展開される数々の応用は、もうそれが積み重ねの連続なので、幼少時からの「慣れ」が必要。まぁあたりまえのことだが、足し算引き算が出来なければ掛け算割り算は理解、習得できないし、それらが身についてなければ数々の定理・公式が理解できない。しかも基礎的な計算能力は刷り込む形でできるだけ幼少時に身につけておけば忘れることはほぼない。逆に年がいってから初めて計算能力を身につけても、定着力が弱いからよっぽどそれを使い続ける環境にいないと忘れてしまう可能性が大きい。なので、その分野で大成する可能性はどうしても低くなる。


 で、泣きぼくろちゃん、今回の話でも幼い頃から人として計算能力が劣っていた…という描写でもなかった。意識として数的処理を毛嫌いしているわけでもなさそうだし、数学の勉強も人並みに時間をかけてた(買い物で購入金額を概算するだけでも計算能力の強化になる)だろうし、ならなんであんなに結果としてダメなのかということ。自分が不審に思っているのが、部屋にある天体望遠鏡。アレで星見てるんならそれなりに数的処理が磨かれてもおかしくない。地球は自転してるので、星を視野に収めてもどんどん移動してしまうので追尾が必要。ということは天体望遠鏡の設置方法や、鏡筒の移動のさせ方、今ドキだと電動式で自動でやってくれるのだろうが、それ使いこなしてるんなら概略は把握してるわけで、あんた本当は数学できるんでしょと思うしかない。まぁ自分もう一つの可能性としてLDも考えていたんだけど、見ている限りそうであるという描写は全くといってよいほど無かったから、なにが成果が出ない障害になっているのかよくわからん。むしろなんで文系科目が得意なのか?、父親はずっとあんな感じだろうし、なくなった母親も天才肌だったようだから、娘に構ってたという想像ができるだけの描写でもなかったように思う。だから彼女が文系教科を得意になる強化要素がどこにあったんだろうか訝しく思うぐらい。まぁ原作者がよっぽどキャラの造形に気を配ってるんなら実は彼女がそうなるのは理由があったと後出しされるかもしれんが…。
 とはいえ、やはりこれにツッコむのは的外れだとは思う。上述の通り、かわいらしい女の子が自分のなりたいものになるために、苦手なものに必死に取り組んで頑張る姿を見せる、そこに周囲の不理解という障害を持ち出して試練の厳しさを増しておくというだけの話だろう。今回の話で、泣きぼくろちゃんはお父さんを慰めるために頑張ってたのに、当のお父さんに拒絶されてショック…なわけで、不利な条件からスタートして彼女は頑張ってるんですよって話でもあるだろうし。その拒絶で心を閉ざしたわけでも、理系科目にやる気を失ったわけでもなく、ずっと夢に掲げてたようだし、やっぱ不思議だよなぁとは思うが。


 あと、これは作品のテーマではあるが、あまり意図していないように思われることの一つに、子供にやりたいことをやらせる信仰どうなんだろうなという気がしてる。今回も主人公にすらそのケが出てきてやっぱりなとは思うんだが、もう今の日本の経済状況だと、やりたいことがやれるのは、能力のアリなしでなく、たとえ能力があっても上級国民でなければほぼ不可能って状況になりつつあるし、逆に能力がなくても上級国民であればなりたいものにほぼなんでもなれるって状況には既になってる。高卒ならずっと3年で50%のものが新卒入社企業をやめてるし、大卒でももう大企業の正社員になるのが無理ゲーになりつつある。そしてこれは昔からそうだったのだと思うが、なりたいものになるために必死で努力してイス取りゲームに勝つというよりは、自分がなれるものの範囲をおさえておいて、その中からじぶんがやりたいことや面白そうなことを優先順位をつけて選んでいた。なので今回の主人公、今まで強く動機付けがされたなりたいものがないわけで、その状態なら就職に有利な学部を提示してもらってそれで判断するのは、それフツーの高校生の感覚だと思う。


 あと、能力の有り無し、社会に出るとクリティカルになりかねないんだよな。開発の才能があって経理の才能がないのに経理をやらせてくれだとか、その逆だと会社のパフォーマンスが落ちる。ならそれと同じことを社会全体に当てはめて考えてみたら?ってこと。人間本当にその分野で才能が有るか無いか判断するのは、育成次第でどうもなってしまうこともあって実は難しいんだけど、もし得意不得意があるんだったら、社会上の存在としてはそれを生業にして貢献してもらい、不得意だけど本人がどうしてもやりたいことは趣味の範囲で昇華してもらったらそれで済むわけで。得意分野があって能力を発揮してもらえばパフォーマンスが上がるのに他にやりたいことがあるからといってやらずにいるんだったら社会の損失だし、逆に能力がからっきしないのに、本人がどうしてもやりたいからといってそれをやらせてたら下手すると社会を壊すことになりかねないし、何より、その社会が壊れる状況、今この瞬間にも日本社会で国民全員が見せつけられている最中だと思うが。