Re:ゼロから始める異世界生活 第5話

 やっぱ絵とかよい感じ。いかにも映画的な。
 前回のヒキで、スバルに巻き戻りが起こったのか不思議に思っていたんだけど、そうそう、思い出したよ。やはりスバルは死に戻りをしたのであって、誰がどんな理由でスバルを殺したのかというのを冒頭のシーンで思い出した。いやまぁヒントは前回にちゃんと提示されているんだけどね。いくら既読といっても忘れてしまっていたよ。
 原作を読んでいた際もちょっと驚いていたような記憶があって、このようにスバルを殺したのは誰か?というのをこの作品ならではのシステムでミステリー仕立てにするってのは面白いと思う。しかし、どうしても死に戻りというものを安易に使っている部分が引っ掛かる。スバルは殺されたというのが朝の時点でわかっているのであり、もう一度同じ道筋を辿って原因なり顛末なりを突き止めるってのは、死ぬ寸前までトレースし、自分をわざわざ危機に追いやっているわけで悪手としか言いようがない。こんなの死に戻りがなかったらとるべき手段ではないわけで、なんでスバルは馬鹿の一つ覚えのように同じ愚を繰り返そうとするのか、考え抜いて最善の言動を取るべきといわれてもおかしくない。ヘンな話、死に戻りというのが今まで続いてきたからっていってこれからも死に戻りがあるとも限らないのだ。もし次、死に戻りがなくて死んだまゝだったらどうするんだろう?という疑問がスバルの中にないというのも凄く安直。少なくとも現段階では彼の念頭にそのような危惧は無く、失敗したらまた死に戻りするからいゝやって態度になってる。物語的にはスバルはまだ成長途中であり、死に戻りを繰り返すことで手痛いしっぺ返しをまだ受けてないから許される部分はあるのだが、後々安易に死に戻りを利用してはいけないとスバルに悟らせる場面を作らないとこれはいかんやろというレヴェル。
 あと、リンガ売りのおっさんのところまで死に戻りをさせないってのも極めてゲーム的で、確かにいちいちそこまで巻き戻られてもめんどくさいだけなんでそれは作者にとっても読者にとっても煩雑さを避けるためにwin-winではある。しかし、セーヴポイントはスバルの意志で設定できないし、ならば死に戻りは単なるシステムではなく、死に戻りをコントロールするスバル以外の存在がいるということになる。そうなると、そういう外部の存在がいてスバルに死に戻りを課すことによって彼が正解を引き当てるまで何度も試行錯誤をさせているということになって、これはスバルが自分の力で生き抜くというおそらくそれが本作のテーマであるはずなのだが、それと対立するということになる。死に戻りというのは転移させられてその世界のことについての知識がないというハンデに対する役得としてのバーターであるはずだが、これはズるいという次元を超えてメッセージ性の破壊にも繋がる。メッセージ性が弱いとかないというのではなくて、破壊。
 シュタゲでそうだったように、読者には主人公が最善を尽くしているのになんどやり直してもうまくいかず、そりゃ絶望を味わうしかないよなという共感を呼び起こさせるという仕掛けであるはずなのだが、そのような門番であるような外部の存在があると考えざるを得ないという構造にしてしまうと、自分の努力が神のような超越者に認められるかどうかの問題に矮小化されてしまう。それに、その最善を尽くして何度やってもうまくいかない主人公は、なにやっても俺の人生うまくいかないっていう読者と重ね合わせて共感させるはずだが、現実の人間である読者は時間がまき戻るってことはなくて、常に前回の失敗の影響を後ろめたく思いながら、おそらく条件が悪くなっていく中でいろんなことに挑戦せざるを得ないんだろうけど、主人公は現実では取り返しのつかない失敗を、取り返しの付く条件で再トライするわけだから、これはどうかなと思わざるを得ない。昔もやりなおし構造の物語はあったが、やれ輪廻だとか生まれ変わりだとかで、やり直しをするけど前の経験もリセットするねという形で、なんでも主人公がいゝとこ取りするようなことはなかったハズ。ネット小説であれば、別に妄想を垂れ流しても構わないし、その妄想に共感するのも自由だが、少なくともアニメ化する、つまり商業化するということはそれが社会に与える影響もすくなからず考えなければならないということ。自分は原作既読といっても途中で諦めており、もしかするとそういう問題も最後まで読んでいれば解決されているのかも知れず、断定は出来ないが、このハイクォリティでアニメ化しているということを考えると、プロデューサーなりはこの作品を世に問うということをもう少し考えてもよかったのではなかろうか。いやまぁ世の中にはもっと酷いドラマ・アニメもあるので今こきおろしてもしょうがないのではあるが、こう理念部分において、お子ちゃま向きアニメや特撮のほうがもっと真剣に考えていると思うよ…。