たまゆら〜hitotose〜 第4話

 麻音、家ではシャキシャキ喋るのな。
 というか、初見だと緊張するだけなのか?。今までもハッキリ喋る場面はあったのだが、麻音といえば口笛というイメージが強くて、ぽってたちを出迎えたときの喋りにビックリというか、「こんな娘だったんだ」という新発見みたいな感覚を覚えた。違和感ともちょっと違うんだよな。
 いや、なんだろ?。今回は最初から最后までじっくり考えさせられた。面積的には小さくなくても、集落規模はそれほど大きくない土地だろうに、結構人家があって、また歴史を感じさせる。こゝもいってみれば守るものがある土地ではあるんだよな。江戸時代ぐらいまでは海上交通の中継点として栄えていたらしく、その頃の遺産があるといえばある。が、他の地域との交流手段が船しかない土地で、たゞ守るものがあったからといってもそれを継続していくのは並大抵のものではなかったんじゃなかろうかとも思われるのである。乙女座もほんとうにある施設らしく、自分なんかはぱっと見映画館かと思っていたのだが、初め芝居小屋、その後映画館、で、選果場になっていたらしく、その変貌振りに驚かされる。選果場になってしまったのを落ちぶれたと言っていゝのか迷うが、でもそこから芝居小屋当時の姿を復元したというのはなかなかできることではなさそうな気もするんだよな。で、それが島の人々の娯楽を満たす施設としてちゃんと働いているか?という視点もあって、これがまたまた難しい。
 あの時計屋も本当にあるらしくて、名前こそ新光時計店というらしいが、メーカーも治せない時計を本当になおす腕前があるらしい。まぁそれだけの腕前があるからこそ店を構える場所はどこでもいゝのだろうが、なんで大崎下島なのかというところではあるよな。依頼人は宅配で送ればいゝだけだろうし、いや、もしかして直接大崎下島に出向かなきゃならないのかもしれないが、そこでしか時計を直せないというのなら、場所を厭わず出向くのもいておかしくない。そうなると、手に職を持つってのは、どのレヴェルまで達してなくてはならないのかという恐怖を感じてしまうが、でも町興しで産業が必要だという以前にやってやれなくもないという実例がこゝにあるわけで、これは考えさせられる。かといって同じような店が2つ3つあったらどうなるのか?とか、複雑だよね。
 話の筋としてはメインキャラ達の進路についてが主だったが、なんか理解のある親がうらやましいというか、理解があり過ぎないか?とも思ってしまう。やりたいことをやればいゝといっても、実現の可能性の低い夢物語を語られても困るし、いや、麻音自体はそれほど切実さは感じなくとも旅館を継ぐのも大切な選択肢であるっていう考えは鉄板だという気はするしな。構造としては、麻音自身も小さい頃からコロコロ成りたいものが変わっていると自覚しているし、小さい頃の夢は恥ずかしいという態度から、割と夢に対しての考え方は成長していると思われる。で、麻音の父母も娘の成長を見守っていて、いろいろ寄り道をしていても、結局は本人が堅実な道を選ぶだろうと信じている様子がなんとも暖かい感じがする。世の中の親達がみんなこうだといゝのになと思いながらも、現実社会は人を騙くらかしてナンボの人もたくさんいるので、こんな甘々なのもどうかなぁ?と思ってみたり。