Rio-Rainbow Gate 第13話

 リオでカーニバルって言いたかったゞけじゃんかと。
 えっ、まだ続きあんの?、というヒキ。えーっとだな、いちおうゲートバトルはリオが制し、なにやらリオ・リナ間で和解が成立したっぽい。で、レインボーゲートを開けて、アルティメット・ロールヽーラーとなったリオが、世界中の人たちの幸運を願うというもの。ゴールドシュミットの野望は砕かれ、いや、それよりもカルロスっつーアフロのオッサンが潜入捜査官だったらしくて、唐突さに失笑が。カード型のゲートがオーパーツだとか、ホントやる気あんのかっ!と言いたいが、キレイに〆っているといわれゝば、そうかもしんない。驚いたのはリオがレインボーゲートを開けた時に裸になっちゃうんだけど、それOPでちゃんと示されているんだよね。リオとリナのゲートバトルでは手役のインフレが起こっておらず、好感が持てた。最后のロイヤルストレートフラッシュで勝つのはお約束だから除くとしても、リアリティが感じられる。それより前半のリオの役無しのほうがリアリティがない。まとまりが全然ないが、最終回の要素を思いつきで羅列してみた。
 最終回としてまとまりはあっても、結局のところゲートの謎が今一説明過多の割にどうでもいゝものになってたし、結論としてリオが家族の絆を取り戻し、ハワードがゲートバトルに振り回されて失ったカジノを取り戻したって以上のモノがあるのかね?。自分が畏れていた通り、リオは弾けることなく淡々と過ごしていたし、ギャンブルに対する一皮向けた解釈が提示されることもなかった。リオがもたらした幸運の連鎖とやらも、結局のところ持続性がなければどこかでツケを払わねばならず、単に世界を混乱させたゞけ…というより人々を糠喜びさせただけなんじゃネーノ?という穿った見方しか頭に浮かばなかった。いや、家族の和解自体は今までに積み上げたものがあればこその盛り上がりで、単に涙腺を刺激するポイントを投げたゞけじゃないわけで、そこらへん胸にクるものはあったんだよ。が、総合的に最終回を視聴してみて、素直に物語の流れに身を任せて感動の渦に浸るってことはあまりなかったかな。


 さて、どちらかというと、この作品はそもそも手慰みで視聴対象にしたということもあって、なんか予想通りの出来でなんとも複雑な気分である。ギャンブルに対する人々の意識の向上だのが企図されているんじゃないか?、リオというキャラクターを通じてギャンブルが胡散臭いものであるというイメージの払拭に努めているんだろうなと思いつゝ、結局のところなんの効果もなかったんじゃないかという気がしてならないのだ。カイジあたりの食い詰めモノが這いつくばるという構図ではないので、その点切実感は最初っからない。で、無いなら無いで居心地のいゝ空間で戯れて過ごすんなら、なにもカジノでギャンブルをしなくてもいゝんじゃね?と思わざるを得ない。
 いや、カネが出るからリオを主人公にアニメ作品を作ってくれ…という仕事をこなすわけで、そこらへんスタッフに企画意図を超えた視聴者に対するメッセージってもんが無いってのは、まぁ仕方が無いって言えば仕方が無いんだよ。でもギャンブルなりリオのキャラクター性なりから、なんか一つでも搾り出して視聴者になにか提示できるものを探したのかね?という疑問は湧く。おりしも昨日星架かを視聴してしまったわけで、もしシリーズ構成というか脚本というか、テキスト部分の根幹を雑破業が担当してたら、きっとこういう出来になって無かったと思うんだよ。リオを主体にしてカジノが舞台で、なにか一つ物語を作ってくれと彼に頼んだら、もうちょっと一般人にも賭け事が身近に感じられて「なんかこういうのってイヽよね」ってものを一つなり二つなり捻り出してくれていたと勝手に想像している。うーん、なんというかね、プロデューサーレヴェルで、脚本もしくは絵コンテ段階でこれでいゝってオッケーが出たんだろうケド、もう一つ上の段階、遊興業関係者が放映前のチェック段階(納品前のバタバタで、とてもそういう余裕はなかったと思うんだが)をしたとして、不快とは言わないまでも、あんまり気持ちの良い気分ではなかっただろうと思うのである。どうせターゲット層はオタクなんだから、こんなもんでいゝんですよという説明をしたのかもしれない。丁寧に仕事はしていると思うんだけど、なんか失礼ですよね…って感じか。
 返す返すももったいないと思うのがロールヽーラーという概念。前回も言及したのだが、もっと人間性を表すものとして深めても良かったんじゃないかと思うのである。人間、気分が乗らないときには判断力も落ちるし、逆に気分が乗っている時には普段よりもっとよく気が利いたりよりよい考えが浮かんだりするものだ。が、ロールヽーラーってのは不調の時も自分を奮い立たせて判断力を失わないし、好調の時にも雰囲気に呑まれることなく自制が利き、それだけでなく、周囲にも配慮を絶やさず場の皆をいゝ気分にさせる…そういうもんであるって解釈も成り立つワケだ。リオがディーラーとして優秀なのも、彼女が幸運の女神として周囲に好意をもたれているのもそういうことなんじゃないのかね?。が、ゴールドシュミットだかゞ言ってたのは、場の雰囲気を利用してギャンブルに勝つための技を駆使できるモノみたいな説明がなされていた。というか技そのものってところか。いや、あくまでもロールゝーラーってのはギャンブルに勝つためだけの卑小な技なり人間じゃなくって、ゴールドシュミットがそう勝手に解釈しているだけで、もっと深い概念なんですよってことも成り立つわけなんだが、最終回を見る限りそう感じなかったな。
 あと、本作の本質的なテーマである、リオの見た目的麗しさなんだが、これまた微妙だな。以前も述べた通り、絵柄的にはED画像が一番魅力的で、これだけ見てれば満足だ。正直動画にする意味が感じられない。本編中でリオが着せ替えさせられていたが、そのエロコスがまた投げやりなの。…というかアダルトショップで売られていそうな品の無いものが多かった。これ、本人は決して喜んで着てないだろみたいな感じ。ED画像のコスだったら、いやゝっぱり露出も多いので若い娘だったら進んで着るようなもんでもないとは思うんだが、それでも嬉し恥ずかしというか、ちょっと恥ずかしいけど自分のチャームポイントが強調されてもしかするとイけてるかもと本人が思っていても不思議はないデザインだ。まぁED画像の服は男が見ても女が見てもカッコイヽと思わせるものだと思うんだがね。が、よくよく考えてみれば、本編のイヴェント服のダさゝは、むしろリオの通常のディーラー服を際立たせるためにわざとカッコ悪いものにしているのかなと思わなくも無い。確かに短い裾丈でスリットまで入っており、かといって決して媚びまくっているわけでもない。ディーラー服が一番キまっているわけで、そういう意図なんだろうという気はする。まぁあのイヴェント服は誰得といったところだろう。
 というわけで、結構長くなってしまったな。最終回まで視聴して、やはり得るものは少なかったが、これは予想通りといったところか。が、仕事として筋を外しているわけでもなく、別に見ている間中ムカついてしょうがないというわけでもなく、要所要所でげんなりさせられただけだった。ハワードをはじめ、キャラクターに魅力が無いわけでもなく、味方キャラがどんクサく感じるだけで、ゲストキャラはむしろよく物語上の役割を果たしていたとは思う。B級テイストにしたのは残念なことってのは前回も述べた通り。むしろもっと真剣に物語作りに取り組んでもらって、それでも滑ってしまうのを視聴者の側でB級と判断すればいゝだけのことなんじゃないかと。個人的にはロボットなのに日焼け跡にこだわりを見せていたリンダの造形がツボだった。おもろ-。