第11話「リターン・マッチ」

 3度見返してみましたが、あまり深読みできませんでした。いつのまにか頭を空っぽにして見てしまっています。疲れているせいか、それともメッセージ性がないのか。
 間宮元総理は顔出しといった風情で発言から何かを読み取ることはできませんでした。次か最終回に演説をぶつと思うんですが、経過を淡々と描いているように思えます。
 セイの退艦はなるほどといった感じです。艦橋要員の制服だったので初めはアレイかミユリかと思ってしまいました。アレイにせよミユリにせよ退艦する理由が見当たらないなぁとおもっていたら、そういやセイも艦橋要員の制服を着ていたよなぁと気付かされました。
 原画の都合で乗組員の顔付きが真剣そのものでした。機関長が死んで気が引き締まったというよりは、危機的状況を前にして必死の思いといってもおかしくはありません。機関科員(今は機関長かも。ヘルマン報道官の揺さぶりで艦を下りようとしていた人じゃなかったっけ?)の慰めでようやっとシノンが傷心だったことを思い出しました。今回の鑑賞で機関長の死はなくても良かったような気がしました。機関長が生きていて、超速回頭のため粉骨砕身する姿を絵にしても違和感はありません。ただ恋愛によって人間味を帯びたシノンが機関長の死を経ることによって周囲の協力をより得やすくなったという描写にはなっていたように思います。
 戦闘の描写には頭を空っぽにさせられました。「燃え」という感情のスイッチを入れられたみたいで、後から冷静に考えてみれば誉められたことではありません。初見では4隻撃沈がつくりものっぽくて腑に落ちなかったのですが、不思議なことに2回目以降の視聴では気にならなくなっていました。テンポがいいせいでしょうか。特に音楽の使い方がそうなのですが、戦闘開始からヒキまでが第1話後半とよく似ていました。初見でも気になったことなのですが、コンキスタドールへの最後の射撃をシノンが指示していましたが、これはどうかと思いました。射撃を短時間に集中したこと、ワープ装置を回頭に使用したこと、高性能コンピューターに大規模な処理をさせたことなどから電流の流しすぎで各部が損傷しています。敵の攻撃からは無傷のアマテラスのこの行動を見て、エルロイ提督に戦う力は残っていないと見切られています。シノンならこうなることは予想できたであろうに、最後の攻撃を予備にとっておくことはせずに先を急いでしまっています。1・2隻目への奇襲で混乱している隙に3・4隻目に考える暇を与えず攻撃していますから、コンキスタドールも動揺していると判断しての時宜を得た攻撃だったのかもしれません。しかし私にはあせって攻撃しているように見えます。アマテラスもコンキスタドールも両方手負いにすることにより、次回は泥仕合をさせるというつもりなのでしょう。
 メッセージ性については「マスコミのあり方」が気になりました。前回スパイクスを悪者に描くことでアマテラスを「判官」に仕立てあげ、ディータが肩入れするのを正当化しています。弱者のディータがスパイクスに一泡吹かせることによってマスコミという名の暴力に一矢報いた形をとっているわけなんですが、その方法というのが捏造というのはなんとも皮肉な話です。いや捏造とはいいすぎで、本人も言っている通りディータは発言が嘘になってしまわないよう慎重に言葉を選んではいるのですが。そうはいっても弱者が強者に勝つには、がっぷり四つに組んでしまってはいけないわけでして、文句を言っても始まりません。アマテラス側が正しいとは言えないのですが、ここでの主張は、「マスコミだって営利を無視して正しいことをやることもあるよ。しかしその方法が決して正しいものとは限らないよ。」だと感じました。