防振り2#10

 イベント開催中。パーティーメンバーが分断され、イベントマップが外から崩壊して共闘せざるを得なくなる話。ようやっとメッセージ性の強い話が来た。#10まで待たされたからしんどかったねぇ。開催中のイベントがパーティー同士で争い合うものだったらこうはいかなかったと思うし、運営がいかにもこういう事態になるとは思わなかったといってはいるけど、イベントルールと予定したクライシスからするとイベント攻略法は他者と協力することと想定してると思うしかないんだが。
 まぁ第1期が新しい社会とは…という観点では入れ物のことを重点的に述べていたのに対し、第2期、特に今回の話は入れ物の中身の話をしてるんだろうなという感じかねぇ。その割には第2期になってから今までの話が、今回の#10を引き立てるためにこつこついろんな要素を積み重ねているものだったか?と言われるとそうでもないように感じるが。

テクノロイド#12

 おそらくステージ勝負にアンドロイド組が勝って、すべてのアンドロイドにココロプログラムとやらを仕込まれ寿命を設定されてEND。世界政府の強い関与がほのめかされていて、まぁこれは別にアンドロイドが認められたというHEではなく、フツーにディストピアであることを示したんだろうなという感じ。自分の中であんまり整理できてないんだけど、この作品におけるアンドロイドやロボットはそれそのものではなく底辺労働者のメタファーだと思ってるから、ココロプログラムとは申し訳程度の権利ぐらいのことだろうし、寿命を設定されたというところも社員は全員45歳で切り捨てだ!というサントリー社長のセリフのように使い捨てにされるぐらいの意味なんだと思う。メインキャラのアンドロイドたちと少年の「家族だから」というのも個人的には白々しく感じられて、これもおそらくアンドロイドたちの前世と少年とのかかわりを深掘りしたら話が深刻になるからいかにも彼らが和解しましたという形ばかりのHEにするけど、そこになんらかの疑義を挟み込むという処理なのだと思う。
 手放しでよかったと言えるほどの出来ではないとは思うんだけど、少なくとも恋愛フロップスと同じように前半は悶々という思いを抱えながら視聴させておいて、後半で社会問題を浮かび上がらせる手法はまぁそれなり。自分の恵まれた処遇が、階級社会に根差した他者の犠牲の上に成り立っているとわかってしまったら、そりゃ心優しい人間はそういう状況に精神が耐えられないでしょというのはおそらくそう。最後にアンドロイドたちを解放したのは、家族だからというのはおためごかしで自分の人生に彼らを縛り付けることになり結局彼らを自分に奉仕させるという以前の構造と一緒だからということなのだろう。最初から視聴対象から外してた人や途中で見切った人もそれなりに多そうだからちょっともったいないなという気はする。日本と文化的にも近く*1、しかし日本人ではない韓国人から見た日本社会のシビアさは日本人には描けなかったことなんじゃなかろうかとふと思ってしまうとかそんな感じ。

トモちゃん#12

 二人の関係をヒロインの両親に認められてEND。ん~、正直蛇足だったなという感じ。別につきあうということを公式に認められなくても、例えば昔だったら男が一人前になったら結婚しよう→女それまで待つわが一般的だったわけで、月の法善寺横町でも親方に交際を認められても本人が一人前になるまで待っててくれ…という曲が1960年に大ヒットしたわけなので…。別に交際を両親に公式に認めてもらわなくても、ヒロインの親自体は二人が仲良くすることに反対してないし、二人が肉体関係をそれで持つとかいう問題も、あの様子だと認められなくて陰でこそこそやったりもしないし、認められて堂々と関係を持つという風でもないし、ではなんで言わなくてもよいことをわざわざ言っちゃうの?と自分だと思ってしまう。結局のところこういう〆方をしてしまうのも物語としてやり残しが無いよう読者に納得して読了してもらうためのエンディングなんだと思うんだけど、個人的に言わせてもらえば読者に対してそんな配慮をしなきゃならないほど日本社会は窮屈になってるんだろうなという感じ。
 うーん、終わってみたらもっとゆるふわ金髪少女にはキレッキレにボケ倒して欲しかったし、コメディ路線でバカ笑いしてたかったなという気持ちもあるんだけど、構成が関係性をメインとしたジュブナイルなので、成長モノとしてはよくできていたなという評価。

*1:かつて日本の植民地であって日本の社会システムをそのままインストールし、解放後もその影響が色濃く残ってるだけに