新サクラ#10

 最終決戦に突入の巻。えーっと、ムスカラピュタ?。カミンスキーの目的が世界征服とか前に言っててそれ大丈夫か?と思っていたのだが、もう理屈抜きに彼は倒すべき敵という設定で、同情の余地がないようなキャラになってるんだろうな。正直カミンスキー、世界征服した後に世界をどうしたいのかがいまいち自分には見えなくて、そのへん彼の過去やルサンチマンを描いて動機を明らかにする必要ぐらいはあるんじゃね?とは思っているんだが、ラストで明かされるかもしれないし、こうなってしまったらもう必要ないかも。ただ、人間と降魔が戦うんじゃなくて、帝国華撃団という人間側が戦うのはあくまでカミンスキーという人間であるというのは、おそらくこのシリーズがずっと降魔と戦ってきたんだろうから、逆転した構図は面白いものにはなっているんだろうと思う。いや、カミンスキー実は降魔でした的展開がないともいえないが。展開ついでに言えば、そもそもクラーラを保護するのはともかく、レイラという身内がいるんだったら、なんのかんのいってレイラを説得するなり味方に引き入れるなりするのが筋だとは思うが、最初っから交渉の余地なしと切り捨ててるし、対立するのはちょっと日本的でないというか、だからこそ敵側なんだろうが、なんか前にも述べた生みの親より育ての親的ジャパニーズストーリーから言ってもちょっと不自然な感じはする。あと、どうせレイラもクラーラも、このアニメが終了したらシリーズとして帝国華撃団の一員となってレギュラー化する展望が全く見えないんで、このアニメ限りのゲストキャラとして脱落していくと思えばなんとも切ないというか。次号予告でもなんかレイラ退場の雰囲気。クラーラ、天涯孤独の身になるんだったら、帝国歌劇団の研究生なり練習生として、メインストーリーには入り込めないが、もしかしたらシリーズの一隅に居場所をもたせてもらえるのかね。
 しかしなんだな、今回も和なるものというか、日本人が好きそうなお約束という側面では、さくらの搭乗機の扱われ方をハラハラして視聴してた。なんつーか、精神で敵に打ち勝つのが好きだねぇとニヤニヤしながらだったわけだが、もう精神を高めれば竹槍ででもB29を落とさんばかりの展開にするんだろうかと。だが、現用機はスクラップで修復不可能だし、旧型機も途中で「ガタンと止まって ハイ それまでヨ」で、なんとも肩透かし。荒唐無稽なロボットものだと、主人公の一念が、壊れた機械を精神力で修復するだけでなく、パワーアップさせたりするものもあったりするから、それやるんかなとぼんやり思っていたがさすがにそれはなかった。基本すべての兵器は消耗品なので、リアリティそんなに重視してるわけでもないだろうが、そのへんよく踏みとどまったなという感じ。
 ただ、試作品好きだねぇといった感じ。有名所でいえばガンダムがそうだと思うが、試製機というのは量産のために検討を行うために正式採用されるものよりいろいろ可変的になってるだけで、逆に戦闘に必要のなさそうな部分は削ったりしてるのが普通。壊れても保守部品はそんざいしないし、そりゃ次世代機だから現用機より性能で上回ることは多いんだろうが、そんなに夢見るもんでもないよとは思う。が、なんやろ?。帝国華撃団の搭乗機、よくよく考えてみると一般兵にも支給されるよう量産されるものでもなく、おそらくあのメンバー五人のためだけに用意されているのだろうから、製造もそれぞれワンオフで、試製機ももしかしてテストからのフィードバックをもとに、部品をこれまたワンオフでとっかえてそれ自身が正式採用機になるという設定ならわからなくもないかな。でもまぁ近代工業や近代軍隊の有り様ではないわけではあるが。
 そもそも戦争に勝つというのは敵より多く戦力を確保するという状況設定がすべてなのであって、WWⅡの合衆国軍なら、欧州戦線でドイツに勝つために、「あ、独軍の三倍の兵力を準備すりゃいいのね、ホイ、レンドリース」、太平洋戦線で日本に勝つために、「あ、日軍の三倍の兵力を準備すりゃいいのね、ホイ、月刊正規空母、週刊護衛空母」なのであって、数の暴力を背景とした弱い者いじめの様相を呈する。だが、物語でそれやってもなんの面白みも感動もないわけで、敵より劣勢の兵力で状況をひっくり返すために、いろいろ無理をしなければならない。そのへんライターもわかってるはずなんで、だからこそ、兵器を消耗品として再利用しない展開なかなか頑張ったなと思うわけだが、結局の所視聴者の側でそういう展開を喜ぶって現状がすべての元凶ではあるんだよな。これがある意味日本の宿痾ともいうべき精神性で、例えばイタリアは負けるのは必至という情勢を見きったらムッソリーニを追放したし、彼が復活しても逆さ吊りにしてまで国のあり方を変えたし、あのドイツですらヒトラーのかなり近い側近であったはずのヒムラーが、情勢の逆転は無理と判断して単独で講和交渉を行いに出たわけで、対する本邦は、戦力差が絶望的なのに、裕仁自ら「一矢報いてから」などと寝言を言ってたわけで、いくら政権の犯罪行為が明るみに出ても清々しいほど権力の座にしがみついてるアベの有様を見るにつれ、あー日本変わってないなーと思うわけで。
 まぁ冷静に考えたら、白秋センセイは別にしても、こちらの戦力がボロボロで、それで勝ちに持ってくなんて、いくら劣勢からの逆転劇が物語に必要だからといっても、そりゃありえんでしょというわけで、今まで帝国華撃団カミンスキー側に戦いを有利に展開したという描写1つも描かなかったのは、まぁそういうわけなんでしょと思うしかない。エヴァンゲリオンでは、うまくいかなかったらシンジとアスカの気持ちを合わせるためにユニゾンがどうのとかやってたわけで、戦いを勝つ方向に持っていくために、例えばこちらの弱点を克服するとか、こちらの有利なところを伸ばすとか、そういう帝国華撃団が組織としてなにか工夫することを一切描かずに、とりあえず後先考えずに対策無しで思いだけで突っ走りました。その結果案の定危機に陥りました。その危機に思いが爆発して、なぜか用意されていた次世代機の試作機で戦況が逆転しましたとか、もうこれがリアルな軍隊だったらバカにしてんのかというもの。組織として目標実現のために必要なリソースは準備しませんよ、その代わり現場の工夫や精神性で乗り切ってくださいよというのは先の大戦で日本が犯した失敗だし、今の企業が陥ってることそのものでもある。そして現場が手弁当その他でなんとかしてしまうからこそ、そういう構造が温存されるし、末端の労働者も現場の頑張りでなんとかやれるんだという認知バイアスがかかる*1し、そしてこういう物語がそういう労働者の気持ちを代弁しちゃうだけでなく、そういう精神性を補強までしてくれそうな勢いなのであって、まあなんともと言った感じではある。

リスナーズ#10

 胡蝶の夢オチ。エコヲ一休みしてなんか吹っ切れたとかそんな感じ?。夢オチにしたのは現在進行形のミュー側のエピソードと、エコヲが農園でのんびり時間を費やしてるのとの整合性を取るためだと思われるがなんとかならんかったものか。今回の小ネタでオモロかったのは手回しのミシン。足踏みのは実物見たこともあるし実際に踏んでみたこともあるんだが、手回しのは写真のようなものですら見たことがなかった。
 しかしなんともわかりにくい…というかさっぱりわからん。そういや途中から耳無しがなんのメタファーなんか考えるのを忘れてた…。ジミ曰く、こちらのことは伝わっていた…だし、寝返り暴露後のミューは我らがリスナーとか言ってたしで、前回自分が言ってた、情報の発信者がプレーヤーで受信者がリスナーという見立ても見当外れっぽい。なんつーか、耳無しは人間と対立する何かだとか、多数の横暴に抑圧されてる被差別階級とかそんなのではなくて、こう自分の内なる負の感情だとかそんな感じ?。エコヲが自分の弱さを受け入れて主体性を獲得したっぽいから、プレーヤーというのは自分の人生を意識的に生きるその行動そのものってのが頭に浮かんだけど、まぁ思いつきだわな。っつーか、なんか考えるのめんどくさくなってきたというか。

波よ#10

 光雄とのやりとりからシナリオ作って音効付け足して放送するの巻。まぁラジオ愛だとかミナレの特異性だとかいろいろあるけど、メインはいろんな生き方というか生き様みたいな風に収束してきてるようで、なるほどあと数話だわって流れに見えてきた。結構、キャラの生き方濃いしエピソードもフツーというより劇的って感じなのだが、なんのかんのいって平凡な生き方が基盤に語られてるのオモロイ感じ。

*1:政官財は負担だけを当然のように末端の労働者に押し付けて甘い汁を吸ってるわけなんだが