ViVid Strike! 第4話

 うーん、やっぱ社会問題に関してはあんまり真剣ではないのかな。
 もうちょっとそのへん期待してたんだけどなぁ。どうもいじめがきっかけでリンネが強くなるという説明のようだが、よくわからん。普通にぼんやり眺めてみると、リンネはあのおじいちゃんなる人物に引き取ってもらって恵まれた世界に連れてこられたからその恩として親近感をということのようだが、孤児院で虐待されていたとかそんなのはなさそうで、第1話でフーカに守ってもらってるなんて描写があったものだから、むしろ孤児院では決して恵まれた生活ではないがそれなりにのんびり過ごしていたみたいな雰囲気に感じてしまったので、それほど里親に恩を感じるかなぁといったところ。そのへんのつながりが薄いもんだから、リンネの行動は一宿一飯の恩を受けたのだから、その恩に報いるに他者にわかる方法で行動に示す必要があったぐらいにしか思わない。つまりヤクザの行動原理そのものといったところ。気弱な見かけとは反対にリンネは貸し借り関係をきっちり計算できる人間という設定にみえてしまう。もしリンネが孤児院で地獄のような生活を送っており、あのおじいちゃんなる人物にまるでお釈迦様がたらした蜘蛛の糸のような助けを得て、それで天と地との差がある生活に引き上げてもらったという描写なら今ドキそんなおとぎ話のようなことがあるか…とは思いながらも納得したんだけどな。
 あとはリンネがお嬢様学校でいじめにあう顛末もなんかお粗末というか。例えばあのリンネがもらったオーナメントを便所に沈めたあたりの三人組だが、なんというか、あのオーナメントはいわゆる階級を示す記号であって、おじいちゃんがあれをつけさせたのは「この宝飾品をつけたるものわがベルリネッタ家の令嬢である徴なので、かのものに対して粗相あらば容赦せぬ」というものなので、そういうものが関係性で生きているといっても過言でない上流階級の子弟にわからぬはずはない。しかもあのベルリネッタ家の一族はおそらくリンネがイジメにあっていたことに気付いていた風なので、特にあのおじいちゃんがリンネを大切に思ってもおり、寿命が短いことをある程度理解していたわけなのだから、そのへん裏から手を回してあの三人組の親が窮乏するほど追い詰めるはず。とはいえ、それはあくまで上下関係の設定によるものなので、三人組がベルリネッタ家より上流かもしれないし、お嬢様学校にいながら上流階級のしきたりに通じていない馬鹿だからとか(だからクラスでは浮いているという描写になっているのかも)も十分にありうるのでそのへんはなんとも。しかし、庶民から搾取して全体から見れば十分恵まれているというのに、上流階級の中での微妙な上下関係を気にしてマウンティングを常日頃から心がけている人間は一定数いるというのが、まぁカネ持ち学校の常ではあるので、ちょっとでも弱いものは常に食い散らかされる運命にあるというか、またどんなきっかけがイジメに発展するのかは貧乏であるとか金持ちであるとかには関係なかったりするのもまた世の常ではあるのでなんともいえないとは思う。
 が、せっかくだし、むしろ上流階級のしきたりに通じてないのはリンネのほうなんだから、リンネの意図しないところで他人のプライドを逆撫でするようなしでかしをさせ、それがきっかけでリンネがイジメに遭うとかそんな話にしてもよかったのではないかと思うのである。そのぐらいのことは昔の世界名作劇場あたりではしっかりやってたことだし、むしろこの作品は大きなおにいさんむけなんだろうから、餓鬼向けにわかりやすい説明などしなくても、状況を示して「あ、そういうことなんか」と視聴者に悟らせるぐらいの作りにしてもバチはあたらないと思うんだよな。それが運動部への誘いに対してのそっけない断り程度であのような顛末というのだったらなんだかなぁといったところ。幼いときには押しの弱い性格でいつもフーカに守ってもらってばかりだが、環境も変わってフーカの助けはもう得られない、だから自分で強くならなければならないとかそんなのが理由だと思っていたから、どういう精神的な強い繋がりができたのか理解しがたいあのおじいちゃんのためになんでそんなに殺伐となるまで強くなるのかというのがちょっと自分的には斜め上の展開のように感じてしまってどうにも肩透かしというか。今回でまるまる1話リンネが強くなるきっかけを描いたんだから、後からおじいちゃんとはもっと衝撃的な出来事があってそれが元でリンネがおじいちゃんを慕うようになったエピソードが追加されるなんてないよね。
 というわけで、世界名作劇場やその他のアニメでさんざんイジメのパターンは示されているだろうし、それを底本としてふまえるにしても、昨今のイジメの要素を組み込んで社会的な問題提起を行うもんだと思っていたから、どうにもしゅるしゅる〜と空気が抜けてしまった感ある。いや、結局格闘モノを描きたかったんだろとしか思えない。格闘技ってのはもう純粋な強さの象徴であって、そこには何の理屈もいらねぇんだよな。その選手が背負っているものなんてどうでもよいというか。もちろん人間は社会的な動物でもあるので、そういう背景のドラマ性に焦がれもし、酔いもするんだけど、もうこの作品でいう殴る蹴るなんてのは人間の一番野性の部分というか攻撃的な部分であって、そこには強さしか必要ない。過去イジメに遭っていたとかそんなのは調味料であって、例えるなら格闘技の強さとはビフテキにおける肉の部分であって、ドラマ性は塩をふるだとかソースをかけるぐらいのものでしかない。いやもう男ならそんなの無視して肉に齧り付けよってなもんである。ほんでもって肉そのものゝ旨さを味わえというのだろう。
 で、結局その部分はアニメであるからこそ動画部分に力を注いでいると思う。どうやったらキレのある動きにできるか、迫力のある画にすることができるかっていうところは、今までのアニメの演出を駆使し、それに加えていろいろ工夫しているようで、そのへんはなかなかよくできているとさすがに自分も感心する。もう練習シーンの段階から全力動画だもんな。まぁそのへん本当に格闘技の迫力だとか暴力性を表現したいんだったらアニメのような二次変換するんじゃなくて、直接格闘技を見にいけよというところではあるが、そのへんはアニメでどう表現するかというのがこの企画の主題だろうから言うだけ野暮ではある。で、それは役者を使ってドラマ化するよりは幾分正解に近いとは思う。役者が格闘技もやるとなるとゞうしても素人っぽさは出るし、現役の玄人をスタントに使うとすると演技とのつながりはどうしても不自然になる。しかも格闘技で本当に相手にダメーヂを与えるものは、見かけは地味なものだったりするので、そのへんは誇張の効くアニメの出番っていうわけだ。おそらく作画技法に関してはいろいろ新しいものを取り入れ(試し)ているはず。
 というわけで、個人的にはもうこの作品は格闘そのものを鑑賞するものであって、アニメの技法だとかエンタメとしての表現方法であるところこそが見所なんだろうなと把握してしまった。とはいえ、なのはシリーズ第1期は終盤で急展開だったから、おそらくこの作品もそういう仕込みはやってるはず。あんまり小難しいことを考えずになりゆきにまかせるのが正しい視聴方法なんじゃないだろうか。