Witch Hunter ROBIN 第6話

 アヴァンの抑制云々のやりとりはおぼろげながら憶えていたよ。ロビンが成長する話でいゝのかな。烏丸が徹夜かなんかで期限が悪そうだった。前回までゞメインキャラの紹介が一通り終わったようで、今回はトラブルとそれに込められたメッセージに焦点が当たってたのかな。ガス欠になったロビンを車で送ってくれた人が死に、その死に疑問をもったロビンが事件解決に手柄を立てるというもの。死が人の心を揺り動かすものと信じたかったというロビンの台詞、意図はわかるんだけど、今やブラック企業が蔓延してしまってるからなぁ。今回のゲストキャラであるウィッチの仕事はそういう風に見えなかったし、彼女の上司も口うるさくてキツいが面倒見が良いという描写だったので成り立つんだろうね。
 今、ちょっと調べてみたんだが、働いたら負けと思っているという名言は2004年9月のことだし、ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれないは、2007年末に3年間の顛末が書かれるという形になっていた。働いたら負けという言葉を聞いたときには自分も馬鹿げていると思ったぐらいなので、世間的にはまだ働くことの美徳であるとかそんなのがまだ素直に信じられていた時代だったんだよね。でも自分も含め世間が「働いたら負け」という真の意味を悟って、これこそが真実なんじゃないかと驚愕し始めるのがそれ以降になってくる。2002年の本作だと、「仕事は社会への存在証明」という台詞が臆面も無く飛び出すのも無理は無い。企業が自体をブラックだとも思っていないし、当然パワハラなども当たり前と思っていて、起業こそが半社会的存在なんじゃないかという懐疑心を持つこともなかったであろう。企業、いや公的な組織であったとしても存在するために何をやっても良いという感覚で、社会存在からいかにカネをもぎとるかという風潮が日に日に強くなる現在、この言葉を今受け取ると時代は確実に変わったんだなと思わざるを得ない。今回のウィッチは別にブラック企業のように山ほどの仕事を押し付けられているわけでも、そのためにサーヴィス残業を強いられているわけでもなく、また簡単な仕事からステップアップさせてもらうという、いわば会社に育てゝもらっている存在であって、いや、そういう昔ながらの企業も今もありはするんだろうけどね。今回のウィッチも無断欠勤するような社員だし、そういうのを相手にするのも気の毒とは思うが上司も押し付けがましさが感じられて、双方いろいろ打ち消しあってはいるんだけどねぇ。
 前にも書いたとおり、1997年の企業倒産件数最大の時期から5年後で、そろそろ日本全体に雇用環境の悪化が一般化した時期でもあり、そういうときにサーヴィス残業でへとへとになったサラリーマンが深夜テレビをつけてこの番組を目にしたとき何を感じていたんだろうな?と思うと、結構胸が詰まる思いがする。おそらく上記2004年というのは若者ゝ間でほゞ労働環境の悪化が共有化されていたんじゃないかと思うんだよね。奇しくも2001〜2006年は小泉内閣だった時期。いざなみ越えの景気という庶民には空しさだけしか残さなかったあの頃の裏では労働環境のいびつな悪化があって、それらが奇妙に重なっていた時期でもある。