ガリレイドンナ 第6話

 やっぱ人死にゝ躊躇のない作品のほうが気合が入ってるよな。
 ロベルトの悲しい過去と、資源の奪い合いに関する世界背景の世俗的説明。前回世界名作劇場っぽい作りと踏んだんだが、その近未来版という確信がますます濃厚にという感じだ。面白かったのは、ロベルトの過去話で浮浪者に与えたことが後々恩になるのではなく仇となって返ってくること、病院での重症患者をほっといて暖房を何とかしろというクレーマーの描写。これでかなりの視点が得られるんだけど、それに対する結論が教条的に示されていないのがポイントだよね。いちおう主人公の星月の言動がそれに対する答えと考えても良さそうなんだけど、いちおう彼女には理屈を説明させず、ロベルトの行動を妨害すること(大局でどうすべきなのかまで星月には発言させてない)しかさせてない。あの星月の行動の前にブラガニ団の成り立ちを説明させているので、基本そういう厳しい状況で、視聴者は何をどう判断し、どう行動すべきなのかを考えさせているのかな?。
 一つが、資源より人口過多で起こる問題をどうすべきか?という、それこそ世界名作劇場にありがちな富める者貧しい者の対立構造を考えさせるというのがあるが、もう一つはこれが日本の作品であるということ、病院でのクレーマーの姿はおそらく日本でも見かける典型的なクレーマー(モンペ)であるからして、「貧しさの克服」は「資源の十分な供給」で解決するものなのか?という段階に進んでいるような気がする。自分が中高生までは、あの世界名作劇場での貧者へのまなざしは、日本が経済成長をほとんど終えた時代であり、そういう名残が残っていたので、過去のリアリティとして存在していたが、今となってはおそらく前提として自覚し得ないものになっているのではなかろうか。バブルが崩壊したとはいえ、日本で消費される資源は日本国民を養って十分余りあるものであり、では、日本人が飢えないという状況なのか?といわれゝば、自民盗政治で格差が拡大し、洒落にならなくなっている状況である。イタリアでは住宅地が描かれ、先進国の発展した部分だけが見せられていたが、ドイツでは公園に浮浪者がいる状況、オランダでは荒廃した地方都市が描かれており、また資源の独占を大企業が行っているところなど、舞台は欧州だが、実は日本そのものを描いているといえる。
 というわけで、前半が終わり、これから後半戦。オーソドックスな話運びながら、家族愛だけに留まらないらしく、結構自分的には面白くなってきましたよ。