アタックNo.1 第77話 機械(コンピューター)バレーとの対決

 なんかいきなりグダグダになったようだわな。
 相手が予測してくるというわりには、こずえの不調で狂わされるということもなかったし、富士見は富士見でこずえ抜きで勝った経験があるというのにこずえを使い続けるなど、相手の予測を崩そうとすらしない。で、秘策は相手の息切れですか…。
 八木沢三姉妹ネタもなんだかなぁで。一番上の姉は姉でやっぱり下げるタイミングを間違ったとはつゆも思っていないし、二番目の姉も同じコートにいて妹の不調を見抜けずスパルタ式に叱咤激励してたのが悪いとも思っていない。どうなんだろ?。妹はまだ意識混濁状態のように見えるが、「実は下げて欲しかった。」と発言でもするんだろうか。
 東南高校が悪者扱いなんだが、富士見側のバレーにかける思いが本当に正しいとも思えなくなってきているわな。人を不幸にするしないは別にせよ、生産行動ではないわけで。ラグビーや野球ではないが、All for one, One for allなんかの記号だとか、あからさまな利権競争を避けるために仮想規則のもと代理戦争をするなかで、闘争本能に共感するだのなんだのって“記号”に観客は酔うわけなんで、競技者が過度にウェットなのはむしろヒく。
 現実は厳しいという憂さ晴らしなわけで、スポーツの場がそのような現実を引き込んじゃったらね?。だからこそプロスポーツがやたら金を要求することにうんざりもしちゃうんで。いや、スポーツの場に居続けることこそ確率が低いわけなんで、べつに一部が高給を得るのはそんなに悪くないとは思っているんだが…。というより、高給を目指してスポーツを目指すってのがどうもな。
 そういうのが見えてしまっているわけで、気持ちがぐらついている人間がスポーツの純粋な追及ってのも、なんか泥臭いというか、いや泥臭くすらないというか。