異世界失格#3

 主人公の転移の際、実は魔王が倒されてたということが明らかになる話。なんつーか、ちゃんと太宰の…というより、人間失格のお約束を随所で踏襲しててこっちが舌を巻く。さらに、どう考えても明らかにパロディのハズなんだけど、それなりにシリアスになっているので、こっちとしては真剣に視聴したらよいのか、それとも笑い飛ばすべきなのか迷うというか、そのへん渾然一体となってるところがもう絶妙。
 このへん、やはり元ネタに対してどういう印象を持っているのかで全然違ってくると思うんだけど、割とタイトルに誤魔化されて誤読してる人も多そうなので一言言っておくと、「人間失格」、発行当初からそれなりに人気が出た作品なのであって、まぁggると累計発行部数が驚異的なのは感想文の題材として強制的に買わされる数も入れてのことなんでそれはそれなりに差し引くとしても、発表当時はそれなりにあの時代の人たちに「堅苦しい文学」みたいな形で受け入れられていたわけではない。あらすじを追っかけると、主人公に関わったヒロインたちは不幸になっていき、どうしても読者はその元凶が主人公にあると思わされて、なんだこのクズは…みたいに捉えがちなんだけど、そういう読者にも原作者はちゃんと最後にヒント「葉ちゃん*1はいい子」まで出してくれてるのだけども、そこでなんで主人公がいい子なんだ?とざっと振り返ってみると、察しのいいひとは現代人でもああなるほどとうなづける作りになっている。
 原作の初出は1948年であって、これはまぎれもなく敗戦直後の混乱期であって、不幸な身の上であるようなヒロインたちの境遇は、当時の人たちにとってありふれたものだったわけだ。で、当時、国民を滅亡戦争に駆り立てた軍人はというと、隠匿物資を横領したりするものが大勢いたし、戦争遂行に能力を発揮した役人どもも同様。当時ヤミ米を食わずに餓死した裁判官がニュースになったが、なんでそういうのがニュースになったかと言えば、当時の役人にしては珍しい事例だったからで、役人どもはほとんどが特権を維持して知らんぷりしてた。そういう、不幸な境遇の庶民と権力をかさに着る既得権益層という構図が、まさしく「人間失格」のなかに描かれているのであり、その中でも主人公の大場葉蔵は元がカネ持ちながら不幸なヒロインに寄り添っている…という立ち位置になっている。だからこそヒロイン達も主人公に気を許すし、主人公もヒロインに寄り添いはするけど、別に経済力を発揮して幸せにするような人物として描かれてないから、当然破局するわけなんだけども、大抵「現代の」ウエメセの読者はそういう主人公を頼りないキャラとして把握することになってしまう。
 別に当時の時代背景を知らなくても一度通して読了し、その上で主人公の立ち位置を把握すれば主人公は決してクズ人間として描かれているわけではないというのがわかるし、当時の時代背景を知っていたら尚更、津島は「走れメロス」のように心を入れ替える君主を描くわけでもなく、元はカネ持ちでありながらカネにものを言わせて無双するような主人公ではなく、庶民と同じ立ち位置で庶民に寄り添う人物として主人公を描いて当時の世相を批判するような要素も入れ込んでるのがわかる。
 まぁそんなわけで、ヒロインの一人である女神が、女としても、衆生を救う立場としても、主人公に魅せられるというのはそりゃそうでしょというしかないし、話の構成要素としてはパロディであったとしても、主軸としてのそのあたりにブレが無いから、さすが商業作家なだけはあるなというものは感じられる。

*1:主人公である大庭葉蔵