Hidden Value まとめ 続き

 本書で取り上げられている企業では、なぜ恵まれた従業員がサボりもせず、熱心に働くのかという疑問が湧くと思うのだが、その続き。まず経営者が創業者であり、設立以来の苦労を当時の社員と分かち合っていたから、そもそも従業員を大切に思う気持ちが大であること、そしてなによりその創業者が人格者であることが大きい。というのが前回触れたことである。
 そして次のポイントは、やはり選別に重きを置いており、念入りに行われているってことだろう。まず、応募者は大体にして従業員の家族や知人であり、まぁ言葉は悪いがコネなんだよな。が、これは合理的ではある。NUMMIの章でも記述があったが、知り合いだということで企業の内情も応募者は知っているし、その応募者を紹介した従業員はある意味保証人にもなっている。自分が企業で優遇されている従業員は、労働環境の良い職場を荒らすような人間を紹介するだろうか?。そして紹介者のお眼鏡に適った応募者も、入社して満足するのであれば、紹介者の顔を潰さないよう熱心に働くだろうと思うのだ。
 そして面接だのといったプログラムにおいて、企業理念の詳細な説明を応募者は受けるワケだが、ここで企業の雰囲気に合わない人間は落とされるワケだよ。しかし、ここでの作業は非常に重要だと思う。一昔前に三年で若者が会社を辞めるだのとか流行したが、結局面接での受け答えのテクニックで入社しても、企業風土と新入社員の人柄が合わなきゃお互いが不幸になるだけだ。今や企業も新入社員にすら即戦力を期待し育てるつもりはないし、若者のほうでも就職難な中、本当に志望した業種であることすら疑わしい。がんばろうと思って勤務しても企業が即戦力として成果だけを期待するのであれば無茶振りと感じてもおかしくない。そんなミスマッチが横行してきたのが昨今の日本の就職活動だと思う。いや、財閥系の大企業はまた違うと思うんだけど。とにかく、割と本書に登場する企業はスキルが無くても研修制度を充実させている*1ところがあるわけで、そういうところは会社としても面倒見がよく、かつ従業員も時間をかけてそれに応えることができるってわけだ。
 で、やはりそれは金銭的コスト面でもメリットがあるのだろう。三年雇って辞められると、それまでにかゝる金額は日本だと1000万ぐらいにはなるだろう。いや、そりゃブラック企業社会保障費もロクに払ってないところだとかなり安くなるとは思うが。それだけの金額をかけて逃げられるってことになったら、無駄でしかない。たとえ半年で辞めてしまうにしても100万単位のカネが吹っ飛ぶことには変わりがない。即戦力として期待していないのであればそれでもいゝが、そうでなければ取引先に迷惑をかけることにもなるから、実質的な損失はそれだけでは済まないだろう。
 まぁ企業理念に賛同する社員を雇うってのは、ある意味美談のようにも思えるのだが、むしろ実利の方が大きいのだと思う。NUMMIなんて応募者の80%がふるい落とされるんだろう?。これはかなり厳しいよな。でもそうやって選別した社員が安定した労働力になるんだったら、選別にかける手間を惜しまない方がいゝわけだ。メンズ・ウェアハウスもNUMMIもマイノリティだとか低スキルの人間を雇っているという美談になっているが、実際には厳しいふるいにかけている。マイノリティだからこそマトモな就職口は無いって認識だろうし、低賃金労働者でも構わないって認識をするだろう。そのなかでまじめで性格の良いマイノリティが業界標準よりよい待遇をうけたらどうなるかは一目瞭然だ。
 だから、良い待遇でなぜ従業員はサボらないのか?という問いは、実は愚問だったりする。そりゃそうだ。サボらないような人間だけを雇うようにしているからで結論は出てしまう。もちろん念入りに選別しても困った人間はどうしても入ってしまう。が、周囲はサボらずに熱心に働く人間が圧倒的に多いのだ。少々問題のある人間が入ってしまっても、周囲に感化されてそいつ自身が変わっていくだろうし、どうしても職場環境に合わなければ辞めるだけのことだ。特にあちらでは辞めることに抵抗は無いんだろう。そして、入社した従業員の追跡調査(とまで大げさでは無いとは思うんだが)で、どんな人間は大丈夫で、どんな人間はハねるべきかって情報は蓄積し、選別の精度は上がっていく。なにせ本書の企業だと経営者からして現場を良く知っている人間なのだ。役員面接のほうが経験の深さからいって精度は上だろう。日本だとむしろ人事や役員の方が現場をまったく知らなかったりするわけで、そういう人間が人事権を持っているって考えるとやはり不幸でしかないなと思うのである。
 そういうのが積み重なると、応募者も多くなるワケだが、確かに人数が多くなった分だけ選別作業は大変になるだろう。しかし、評判が良ければ、それだけ良い人材も沢山応募してくるわけで、企業は精度の上がった選別方法で上澄みを掬いとればいゝだけの話だ。良い傾向のスパイラルになる。
 まぁそういうわけで、厳しい選別ってのが、従業員を好条件で遇しても熱心に働いてもくれ、好業績につながるってことの条件の一つになっている。もし、スキルが高くても人の足を引っ張ったり、蹴落として自分だけが成果を独り占めなんてクズを雇ってしまうと、それが会社崩壊の一因となってしまう。数が少なければまだ対処のしようもあるが、たいして選別もせず、クズを入れてしまったら、クズがクズ同士群れあったり、クズにおべっかを使って持ち前の人を蹴落とす能力を使ってのし上がり、会社をダメにしてしまうだろう。え、そういう企業が日本に多いよなって?。

*1:AESなんかはほったらかしではあるが、但し誠実に仕事をしていたらミスは多めに見ているわけで、裁量を最大限に与えて長期間見守っていると言える。