夏色キセキ 第2話

 あの家の立ち方(冒頭)だと、夏海の下着姿は通行人から丸見えだろ。
 うーん、実は今回のストーリーって、たゞ追いかけっこをしているあいだに仲直りをしたってだけの単純というかそれってストーリーなの?って展開でしかない。まづ御石様の不思議な力で茶髪と金髪がくっつくってのが(゚Д゚)ハァ?って感じだが、これも魔法を都合に合わせて安直に使ってるだけで、ひねりも何にもない。追いかけっこのシーンも距離感に説得性がないんだよな。
 しかし、なんだろ?、結局引越しのことを黙ってたことを追及するあたりから涙腺が緩んでしまって仕方がなかった。で、全体を振り返ると、むしろ奇跡であるとか、追いかけっこの部分というのは初めっから意味がないものとされているのに気付いた。追いかけっこの描写につきものゝ緩急が全くなく、淡々と場面転換をするための舞台装置に過ぎないのだ。そういや最初のラジオ体操の描写ですら脈絡がないというか、ラジオ体操である必然性が全く無い。
 で、重要なのは不可抗力で茶髪と金髪が共同作業をさせられるという状況作りと、共同作業をこなしていくうちにわだかまりがほぐれていく過程、その末の和解をポエムで視聴者に提示するスタイルなんだなという気がした。Wikipediaを見てみると、スフィアのための企画らしい。前回音楽映画っぽいって感じたが、まさにそうだったわけだ。昔アニメビートルズというものがあって、よく夏休みの午前中に何度も再放送をやってたもんだけど、それに近いものがあるんだろう。でもアニメビートルズはまづ彼らの曲があって、アニメはそれにつけたしって感じだったけど、この作品はさすがにストーリーが後付ってことはない。
 なぜ奇跡なのか?ってのはまだよくわからない段階だが、今回の「くっつく力」ってのは、魔法を使わないとなると例えば運動会で二人三脚をやるハメになったとかいう展開にするのが普通。そうじゃなくて、今回の物語のミッションは「仲違いをしている二人が仲直りをする」ってことにあって、それは普通きっかけが必要ってことなのだ。しかし、そのきっかけってのは仲違いをしている最中には見つけにくいものであって、ゞもきっかけがないと解決のしないものである。現実にケンカをしたらあの状況で普通は解決はしない。で、視聴者に延々とケンカの場面を見せてその挙句仲直りをしないという流れを見せるわけにはいかないから「魔法」を使ったと見るべきだろう。仲直りのためのきっかけが一番重要でありながら、実は物語の進行上それがどうであるべきかは一番どうでもいゝ要素というわけだ。
 さて、ピンク髪と緑髪の二人が願ったから茶髪と金髪がくっついたと見るべきではない。わざわざ台詞にしてくれているように、4人全員が願ったから奇跡が起こったとみるべき。
 そもそもの諍いの原因は金髪の誠意を欠く行動なんだが、じゃぁあれは金髪自身が望んでやったことか?と言われると難しい。引越しの話に直面して一番狼狽したのは金髪だろう。金髪は茶髪に対していろいろ働きかけたことを自分で裏切ることになると自覚していたわけだ。普通なら引越しのことを言いたくても言い出せないまゝそれが発覚してこじれたと見るべきだが、自分はおそらく違うんじゃないかと思っている。金髪が一番恐れていたことは、たぶん素直に引越しのことを打ち明けて茶髪に気を遣われることだ。それが一番耐え難いに違いない。で、彼女がとったのは「自分が悪者になって罵倒され、というかそういう罰を受けること」。まぁ全部がそれか?と言われると中坊のことだし、やはり少しは罰されることに徹しきらずについ自分を捨てきれなかったようだが、それも青春ということでまとめてあるんだろう。というか、そこまで読まないとこの作品は楽しめないだろう。で、そういう読みができるように作ってあるようには感じた。
 第2話にして早くも不自然に4人の母親が露出してきたからには、なんかの因縁がありそう。アイドル志望に関しても一言いっておきたかったが、茶髪の目標とかどうでもよく一緒にテニスをやりたいという台詞で思い至ることがあったと記す程度におきたい。
 というか、やはり音楽が秀逸。Lantisなのね。OPは中毒性があるねぇ。いや、ふと思ったんだがアニソン(とかアニメBGM)はもう世界的な日本文化って域に達してるねぇ。もちろん楽曲自体は西洋音楽の輸入発展版でいろいろなものゝごった煮になっており、決して日本の独自性が強いってものでもないんだけど、おそらく潜在的な支持者の数は相当なものになっていそう。惜しむらくは一曲一曲が聞き込まれるほどの訴求性が状況的にも与えられていないこと、大量に使い捨てに近い形になっていること。似たようなものとしてユーロビートのようである。ユーロビートよりはアニメ作品との関連性が強い分人の心に残りやすいだろうけど、じゃぁアニオタが神曲といっているものが100年後残っているか?と言われるとさすがにそれは難しい。自分が中高生の頃は映画のサントラがまだFMラジオでよく取り上げられていたが、今はさすがに下火になってはいるものゝ、全く無くなった訳でもない。まぁ言うなればそれに近いかな。
 坂道のアポロンでも述べたけど、そういった意味では幸せな時代に生きているかも。上記述べた追いかけっこのシーンも実写だとかなり陳腐なものになったハズ。映像作品としても音楽とのコラボとしても世間の偏見とは裏腹にクォリティはそれなりに高い。