おとめ妖怪ざくろ 第12話

 いづな使いは殺しとくべきだろ。
 意表を突く展開が結構あって嬉しかった。転送のとき総角だけがざくろ母に呼ばれてしまうとか、ざくろの封印をわざと解かないとか、女郎蜘蛛が半妖を助けるという形で叛旗を翻すとか、百緑が総角達に協力するとか。で、それらのすべてがなるほどゝ思える伏線が張られており、かといってこちらをビックリさせるだけのインパクトは保っているワケだ。もともとがヌルめのお話なだけに、そのバランスもよく、なかなかよくできていると思わされる。
 百緑は花楯にホの字なんだろうなと思いつゝ、いや、かなりうらやましいなと。なんつーか、ざくろを目の敵にしていた頃と比べると、断然魅力的。そのきっかけはざくろに妖力を分けてもらったあの時だろうと思うのだが、その後の内面の変化が視聴者には伏せられていたっぽいので、なんかもどかしい。まぁそれだけ変化したということを視聴者の側で補完して、さァ萌えてくれってなところだとは思うんだが。
 対して女郎蜘蛛と橙橙ペアは墜とされていたな。この作品の女性陣のキーワードは認知欲求の高さと以前に述べたんだけど、百緑は愛情方面に、女郎蜘蛛と橙橙は自己顕示欲側に振れてしまったようだ。この作品では攻撃性の方向はあまり問題になっていないようだが、認知欲求だとそれが他者への配慮に向かうか、自分への点数稼ぎに向かうかの重要度が高そう。
 そうなると、上下支配関係からの脱却というよりは、より協調性の高い社会実現に向けての提言って性質が強くなるんだろうか?。神懸りの里は結果的に温存され、女郎蜘蛛らの自己の欲得を鎮魂するという流れになるとか?。日本が結局のところ自己の文化を喪失して欧米化してしまった現代を考えると、人間と妖人の間もなし崩し的にそうなるんだよとかヌルい結末にするとか。個と個が支えあうべきという大きな構造は揺るぎがないからいゝとしても、悲しみを受けた側の被害が大きそうなだけに、加害者側を免責してハッピーエンドだけはちょっと勘弁して欲しいところなのだが、どうなりますことやら。