セキレイ Pure Engagement 第10話

 鈿女逝く。
 やっぱ自殺だったな。鈿女の胸中を察するに、もともと彼女は氷蛾を信じてなかったということか。氷蛾は鈿女をこき使うために治そうと思えば治せる病気をわざと長引かせていたということだが、鈿女はどうやらそれを知っていたっぽい。どっちにしろ氷蛾は、鈿女をこき使えるだけこき使って利用価値が無くなったらお手討ちにするのは必然。そうなった時に鈿女をこき使うための千穂を生かし続ける必要もないわけで、いずれ自分も千穂も捨てられるというのはわかっていたと思われる。そうなると、自分がトコトン追いつめられる前に千穂に安全な後見人をつける必要があるわけで、そこで白羽の矢が立てられたのが皆人なんだろう。
 面白いのは皆人には財力がまったく無く、氷蛾は十分すぎるほどそれがあるっていうこと。でも氷蛾は千穂を助ける気はまったく無く、鈿女を利用するだけの最低限のカネしか千穂に使っていない。で、皆人はカネはないものゝ、やれる限りのことはやりそうではある。鈿女が松の処理能力を知っていたとはいえ、これは賭けだ。もしかすると鈿女が氷蛾のために全力を尽くしたら、結果を少しでも挙げたら、その功に報いて千穂を助けてくれる可能性は無いとはいえない。なにせいくら難病とはいえ、治療方法があるのであれば、その金銭コストは氷蛾の財力からすると微々たるものだ。捨てられるかもしれないし、助けてくれるかもしれない。が、鈿女の念頭にあるのは氷蛾は人の弱みにつけこんで使い捨てにする性格である。なによりもそれは自分の身に沁みてわかっていることだ。
 さて、じゃぁ皆人サイドに千穂を預けるとして、まず彼女が彼の財力をなぜ問題視しなかったのかゞ不思議といえば不思議ではある。まず皆人は千穂と今回会うまで面識が無かった。しかも今までの描写だとあまり鈿女が皆人に親切にした(貸しを作った)というのも無い。だから、鈿女は彼に千穂を託すのであれば、それは皆人のセキレイを通じてしかないわけで、そこが最大の繋がりだ。彼女の理解者は風花と焔ぐらいなのだが、なんともそれだけでは弱いワケだ。なにせ風花・焔は皆人グループの中では新参者。できれば最先任の結にわかってもらいたい。で、鈿女が呼び出すのが結と月海なのだ。で呼び出された結はどうも鈿女の意図を悟ったらしい。結が賢いのは今までの描写からわかること。月海はバカだが、皆人の隣争いでも抜け駆けなどせず、手順を重視するほど義理堅い女であることもわかっていること。鈿女の人選もさることながら、二対一で自分が不利な状況を提示したら義理堅い月海は手を出しづらく、結が飛び出してくるのを予測していたと思われる。いくら月海がバカと言っても、一番弱い草野を安全圏において、二人を呼び出したことに疑問を抱くことぐらいはするだろうという判断をしたわけだ。
 で、問題はどうやって鈿女は結に恩を売るかだが、これまた相手に高度な判断を要するやゝこしいことをやってる。鈿女は自分が監視されていることがわかっているので、わざと結に負けるわけにはいかない。鈿女が勝ったら皆人に千穂を託すことはできないし、結が勝ってもわざと負けたから千穂の後をよろしくというわけにもいかない。で、憎い選択が引き分けなんだよ。セキレイうしの勝負の判定もMBIが見守っているから、わざとってのも難しいのかな?。でもMBIや氷蛾へのアピールのためにも全力で戦ったという印を見せ付けておかなくてはならない。で、面白いのが結もそういう鈿女の意図を悟って、引き分けに持ち込むようにおそらく戦っていたということ。どうも引き分けってのは一対一なら両者が生き残ることのできるものらしくて、でもこの場合は相手を倒したことにならないから追加されたルールでは鈿女は別のセキレイを倒さなければ消滅する運命にある。で、氷蛾には相手を倒したわけではないが命令に従って全力を尽くしたという形*1になり、皆人サイドには結を消滅させずに月海が残っているからあとは鶺鴒紋をタッチするだけで自分を倒せますよというアピールになっている。
 その後の展開では氷蛾サイドからも援軍が来、皆人サイドからも援軍が来た。氷蛾の監視者が鈿女が不利な状況で戦っているから援軍を呼ぶだろうし、皆人サイドも松が監視しているから援軍を送るだろうってのも読んでいるだろう。皆人サイドの援軍が早ければそれもよし、氷蛾サイドの援軍が早ければ、最悪月海が皆人と結を抱えて退却すればよい。で、必ずこういう展開になるとは鈿女も思ってなかったろうが、結の絶体絶命の危機が来た。そりゃ鈿女とすりゃ皆人サイドに恩を売る絶好の機会だろ。躊躇するハズがない。鈿女は体が勝手に動いたなんて言ってたが、大ウソ。とはいえ、鈿女をこきつかう氷蛾と、鈿女を気遣う皆人とを比較したら、どっちに義理を尽くすかは打算だけでなく彼女の良心を考えても、選択の余地はなかったろう。
 で、鈿女は千穂を託すわけだが、これもちゃんと礼に則ってる。まず鈿女が他のセキレイにことづてを頼むのではなく皆人に直接頼むこと。で、皆人は自分に財力が無いことをわかっていて、自分だけの力では千穂を引き取ることが不可能であるから決断ができないこと。で、他のセキレイに判断をあおいでる。もちろん最先任の結は命を助けられているから目で受け入れろと合図するわな。月海は4人の中では一番判断できないポジションだから目を合わさないわな。焔も鈿女の窮状を理解しているとはいえ、深い付き合いはないから目を逸らしているわな。で、鈿女を一番理解し、第一期懲罰部隊として松(千穂を現実に助けられるのは松の情報力)とのコネクションも深い風花が頷くのだから、皆人は決断できるわな。皆人も決して安請合しているわけではない。
 という風に、実はお涙頂戴の部分でありながら、単に思い込みだけで各キャラが行動しているわけではなく、そこには何らかの意図があり、ちゃんと手順を踏んでいるんだよってのが込められていて感心した。昔流行った任侠モノに近いものはあるんだが、ソレのように義理人情を重んじるんだけど破滅型の行動でカタルシスを語るのではなく、一応鈿女サイド・皆人サイドは展望を持って行動しているのが違いとなっている。そうはいっても財力もなく人間的に魅力はあっても経験不足な皆人が勝つ(勝ちそうな)展開ってのはフィクションではあると思うんだが。
 いやぁ、だらだら書き連ねてきたが、もうちょっと短くまとめられそうな感じではある。でもこれって、多分原作者だろうとは思うんだけど、キレイ事とはいえ、ちゃんと考え抜かれているように思うな。なんかわからんけどみんなの力を合わせると悪に勝ちましたとか、愛とか語ってれば相手もわかってくれるとか、そういう視聴者の感情に訴えかければ感動してくれてオッケーという風な思考停止に陥ってない。力を得るための流れが今一お花畑っぽいんだけど、能力者を惹きつけるためにリーダーは何を語りどのように振舞わなければならないのか、能力者たちの合意を得るためにどのようなことをしなければならないのか、そしてステークホルダーっていうのか組織員のそれぞれがどのような心がけでないといけないのかってのが丁寧に語られている。これもまた一つの組織論ではあるんだよな。しかし結もたぶん草野も皆人がセキレイ計画の前提を全部ひっくり返すキーマンであるって信じているんだな。

*1:でも結の絶体絶命の危機を救ったので氷蛾を裏切った形になり、その報復として千穂の治療データを削除された。