聖剣の刀鍛冶 第3話

 血の匂いのしない街って、要するに日本のメタファーだろ。
 で、そう考えると人を殺せないセシリーは口ではキレイ事を言っても汚れ仕事は真っ平の日本の若者なんであって、これは視聴者への直球勝負ってとこだろ。しかし面白いのは、じゃぁセシリーが人を殺せるようになることってのがこのストーリーのミッションなのか?、そうなることがストーリーとして正しいのかってことを考えると、必ずしもそうではないのかもしれないって要素が隠されていることだよな。
 よく日本が九条を盾に血を流すことから逃れているって論説があるが、戦争をしないって選択が幼児的とでもいうのなら、例えばユーゴを除く西欧社会はどうなんだ?って観点はどうだろ。結局あそこもWWⅡの反省を基に、少なくとも隣国との摩擦解消に武力を用いることがほとんど無くなった。政治統合まで視野に入れていて、それが実現するかどうかは別にして、経済統合を模索してお互いが戦争という手段に訴えかけることが割に合わないってシステムの構築を目指している。かといって武力の放棄までしているわけでもない。もちろん日本も武力の放棄をしているわけでもない。
 剣は人殺しの道具に過ぎないという主張も、人を守るものであるべきという主張も、今回の仕立てを見ると確かに善悪の軽重をつけているように見えるのだが、よくよく考えてみればこれはミスリードであって、アンビバレンツなものであるってのに到達できる。これは視聴者に考えさせる構成なんだろう。人殺しに飽きたアリアが甘ちゃんのセシリアに感傷的なのも、物語のパターンとしてはありきたりながら、なぜか彼女の気持ちがわかるような気がするのは自分が歳をとったせいなのかね?。
 しかし、魔剣アリア登場でいきなり新しい剣を創り出すルークの役割がなかったことに。もしかして、アリアが折れでもしたら、それを鍛えなおすってのがルークの役どころってことなのか?。ま、わかんないけどね。