今日職場で、おもろいデータを見つけた。

 まぁ何の仕事をやってんだ?という話ではありますが。厚生省人口問題研究所が1994年にそれ以降の未婚率や子なし家庭の割合の予測を立てていた。昔の資料の面白いところは、そういう予測が当たっていればほ〜と感心できるし、違っていれば笑いものにできると、ネタとしては面白い。子なし家庭は2000年には38%、2010年には40%とほぼ横ばいという予測を立てていて、こっちは当っているかどうか、ちょっとググった程度ではわかんなかった。
 オモロイのは、未婚率。30〜34歳の30代前半の男女の2005年の未婚率を上記研究所では、男37%、女20%と予測。ちなみに実際には}˜^¤–¢¥—¦‚̐„ˆÚという結果になっている。表にするとこう。

2005予測 2005実際
37% 47%
20% 32%

 参照したソースは福島民友の1994年の6月6日の記事。女はほぼ20%前後で横ばいの予想グラフだったから、まさにお笑いだ。恐ろしいのは年齢別未婚率の50代のグラフの予測だ。2005年時点での男の未婚率が15.4%、女のそれが6.8%。彼彼女たちが30代だった頃の未婚率はそれぞれ28.1と10.4で、男は二分の一がその後結婚できるのだが、女は三分の一しか結婚できない。すなわち、2025年の50代の未婚率は、男25%、女20%という予想が成り立ちそうだ。無論高齢女が男を飼うという流れにもなってこようが。女の50代の未婚率の伸びが凄いことになる。これらの女が職場に残ると、現場は悲惨なことになりそう…。
 また、当時の新聞では共働き家庭に対する職場の不理解が記事になっていた。男の会社が妻が働くことに対して圧力をかけていたということだ。妻が別の企業で働いているなら許容するということが先進的と書いてあったので、総体としてやっぱり女は結婚して職場を離れるべきという風潮だったという書きかただ。まぁ、会社としては社員の家庭を養うという意識とも捉えられる。夫婦で会社から給料を分捕るというのはがめついという理解なんだろう。どうせ妻は出産・育児休暇で無駄に手当てを払わなければならないとすれば、不採算なことこの上ない。結婚してしまえば“イエ”として社員を見てしまうということだろう。確かに、共稼ぎで夫婦とも同じ会社に所属してぶらさがってしまうと会社が養える家庭の数は減る。その分、会社を通じて国が家庭を養うという理念は崩壊することになる。
 このへんはまだ企業がバブル崩壊後、給与の下方硬直性に悩んでいた頃で、成果主義の本格導入以前だ。まだ民間の労働組合がベースアップで戦っていた時代。自分なんかはベースアップはもういいから、定期昇級は維持してもらいたいと思っていたのだが、前年より給与が引き下げられることが何度もあった。労働組合派遣労働者には手を差し伸べないらしい*1から、たしかに彼らがやっていることがトンチンカンであるというのは理解できる。たぶん将来の予測をなんも立てないで住宅ローンを組んでた年配の組合員のことを考えたらベースアップという方向でしか取り組めないんだろうなという気がしていたが、若かった自分にとっては迷惑この上ないと感じていた。で、その予測は確かに当たった。
 思えば皮肉な話ではある。そもそも老人介護への取り組みは、確かに家庭内の負担は重かったとは思うんだが、家庭内経済を外部経済化し、その分雇用者は搾取もできるし国は税金を掠め取ることができるわけで、その辺の話も前にしたような気がする。で、そうすることで国民総生産に計上ができ、やっている作業は一緒でも、成長率の見かけ上の嵩上げができて対外的にも見栄えがする。経団連にとっては、女性の労働化で搾取できる金を増やすことが目的だったと書いたわけだが、実際にこのような記事を目にすると眩暈がする。バブル崩壊直後はむしろ企業は年功序列・終身雇用を維持しようとしていたようにも読み取れる。それにも関わらず、さらなる賃金の上昇を被雇用者が願い、贅沢する金が足らないからと共稼ぎで企業から金を毟り取ろうとしている国民の姿が浮かんでくる。その尖兵となったのが、男女平等主義のフェミニストだ。男女雇用機会均等法の真の狙いを読み取ろうともせず、女性がやりがいだの、自己実現だの、薄っぺらい平等主義に踊らされて、結局今は薄給でこき使われているのだから自業自得だ。ショムニがテレビドラマ化したのが1998年らしいから、女性が職場できったはったの活躍をする姿を見せて職場進出を煽られ、その直後に派遣でボロ雑巾のように使われるのだから、女は浅ましいというしかない。男女の雇用条件が著しく違うので訴訟を起こした女性に800万ほどの支払いを企業に命じた裁判所の判決も記事になっていた。
 自分自身は少子化歓迎の立場だし、その点移民は論外ではある。しかし、老人が日本を作り上げてきたから年金でも優遇すべきか?については微妙な立場だ。もし自分より年金を多く受け取るならやめて欲しいと思う。そもそも老人たちの後先考えない人生設計のために、もしかしたら雇用を守ろうとしてくれたのかもしれない企業を疲弊させて就職氷河期なんて世代まで作り出したかもしれず、彼らの享楽のために氷河期どころか自分たちも犠牲になったという気持ちでいっぱいだ。で、彼らは今、逃げ切りを図っている。団塊についていえば、団塊自身に喰いものにされた団塊だっているわけで、しかも団塊以上の年齢層だって、自民党にいて盛大な搾取を行っている。昔の新聞記事が信用できるとも限らないし、今しんどい思いをしている自分の意見が全部正しいとも言わないが、正直上の世代の尻拭いをさせられて、金銭面でも労働負荷においても報われない思いで一杯だ。自分の見聞きした経験で述べているので、なんとも自分に都合の良い事ばっかり書いているのだろうが、こうやって昔の新聞記事を見てやっぱり自分の思いに間違いは無いんだろうなと思うとやるせない。むしろ政治家よりは国民の馬鹿さ加減にあきれ返る。いざ、男女同権といって時間がたってみて女が特権を手放さず、男の義務を果たそうとせず、いいトコ取りの自分勝手さぶりの増長を見ても、女に対して同情すら沸いてこない。クレーマー・モンペは起こるべくして起こったというのもひしひしと感じる。40代から20代までがそうなので、男女平等教育を受けた世代もしくはそれに続く世代、またそれを横目でいいなぁと眺めていたちょっと上の世代そのものだ。家庭教育をなおざりにして、学校に文句ばかり言う姿は権利ばかりがなりたてるフェミニストそのものだ。自民党がこいつらをB層とバカ扱いして、実際に小泉劇場に踊らされたというのも納得だ。まだ、このあとに、ゆとり教育世代までスタンバイしているのだから、日本の未来は無いといって過言ではないだろう。

*1:だから大阪での教諭たちの臨時講師を助ける行為は叩くのではなく、もっと称揚されるべきと考えるのだが…。公務員たたきができりゃ満足なんだろうね愚民は。