「3年目社員」が辞める会社 辞めない会社 若手流出時代の処方箋を読んで、ちょっと感じたことがあるのだが。

 著者自身が新人ほったらかしの状態をおかしいと思い、また自分が経営者になって思うところを実践してある程度の成果をつかめたようなのだが、どうなんだろう?。この本が出版されたのは、会社設立後6年目のときである。当然最初はほとんどの実務を自分がやっていったであろうし、最初の2〜3年は新人を大量に入れることも出来なかったろう。もちろんうまくいかなかったこともあるに違いない。本格的に新人を採用したのはたぶん直近の数年ぐらいで、まだ3年目社員が辞めるという会社なのかどうかすらわかんない状態だと思う。
 本にも書いてあるのだが、あの会社では説明会のあとには交流会があり、その後に一週間の職場体験で、自分が企画を立てるところからはじめてプレゼンまでやらされる。内定後も密に連絡をとってそれで内定辞退0を誇っていたが、そりゃそれだけ手間ヒマかけりゃ雇うほうも雇われるほうも十分に判断できようし、職場体験まで付き合う希望者はそれなりの覚悟も持ち、逃げられなくなってしまっているところまでいっているのではないか?。でもそれはまだ小規模で、社長が全体を把握することができる段階でしか通用しないやり方だと思う。大企業が千人単位でふるい分けるようなところだと無理。
 で、入社しても規模が小さければ、誰が何をどうやって処理しているのかが分かりやすいだろうし、そもそも全体を見渡せることができるだろう。分業か著しい大企業だと、その部署でしか通用しない専門知識は手間ヒマかけりゃ何とか伝達はできようが、それだって新人を教育できるだけの余裕があってこそ。リストラという名の馘きりで現場に残った人間が、1人あたり2人や3人分の仕事をやらされている現状では、教えろってほうが無理のような気はする。たぶん自分が背負っている業務を処理するので精一杯なんでねぇの?。どのようにしたら教育できるか、ノウハウをわかっている人がいたとしても、そりゃ無理だって。
 で、多分著者の会社では一番成長著しい所で、勢いがものすごいんだろう。中途採用の人間がどのくらいいるかわかんないが、仮に他の会社にいた人でも、新しく会社を立ち上げるという未知の体験の中、稀有な成功体験を積み重ねて気分的にもノリノリの段階だと思う。大企業が金で社員教育を外注しだしたのは、ココ10年ほどであり、そんなに競合他社がいなくて草刈場の状態なんじゃないかと。たまたま著者がノウハウを偶然発見し、それがうまくいっているうちはそれまでの成功体験すべてを肯定して、さらなる成長を見込めるとは思うんだけど、市場が飽和していくにつれ、そういうオイシイ状態は長くは続かないわけであって、著者の主張なり、会社の実力ってものは、それから評価すべきなんじゃないかと思う。
 そして一番気になったのは、やっぱイケイケドンドンという(経済)成長神話を信じすぎているように感じたことである。家電業界なんかは、市場というよりは技術自体も飽和状態になっているっぽくて、今は価格競争の段階に入っており、そうなったらコストカット勝負になるということだ。コストカット自体も改良ノウハウの開拓なんてことも出来はするのだが、それだって限界はある。他人が同じ技術レヴェルに達してしまえば、後やれる事は労働者の給料の切り詰めだけだ。不毛。
 だから技術開発だって、そもそも血道を上げるほどキリキリやんなくちゃなんないのか?と疑問に思ってしまう。10の成長余地があるとして、じゃぁそれだけ先に進めるのだったらいきなり10進んでいいのか?という話である。10進んだ先にさらにたくさんの成長余地が新規に現れてくればいいが、そこで打ち止め、もしくはもっと先に進むためには桁違いの技術革新が必要だったりするかもしれないわけで、それはどうなの?ということになる。いきなり10進んで、最初はヒット商品としてそれなりの売り上げも得られるだろうが、開発に要したコストとか考えると、利益としてどれだけ得だったのかはわからない。モノによっては売り上げは莫大だが、利益は雀の涙ということもありうる。
 そして先行者利益でオイシイ思いができるのは数年のこと。開発に関してはフォロアーのほうが目標設定が容易になるってだけでもコスト面で有利であり、トップを維持しつづけるのは難しい。下手をすると、最初に頭一個抜け出してしまったために、後からきたのに徹底的にマークされ、あっという間に追い抜かれてマーケティングで敗北して後は鳴かず飛ばずということにもなりかねない。
 それなら周囲に気を配りながら1〜2ずつ進み、首位固めをしつつ少しずつ成長していくほうが、革新的な成長は望めないが、長く成長を続けられる。環境や消費者にまで目を配る余裕も出てくる。一気にがっつくと正味で得られる物は少ないし、没落も早いのではないかと思う。
 かといって、現実は企業同士のパイの奪い合いだったりするから、悠長に構えても喰い物にされるだけという場合も多いので困る。そこらへん各企業間で協定でも結んでしまえば過当競争もなくなるわけで、企業同士がいがみあって疲弊する状況は避けられるわけではある。が、それってカルテルだったり談合だったりするわけで、そういう仕組みの中で企業側が暴利を貪っているってのが現状だったりするわけで、理解が得られようもないだろう。生産者も消費者を喰い物にしないし、消費者も生産者に無茶な要求をしないという持ちつ持たれつの関係を築ければ理想的だと思うんだが、それは可能なのかね?。福田の考えている消費者庁とか、どう考えても企業を叩くピコピコハンマーでしかなさそうだしな。いわば政治家が財界を牽制するために消費者をダシに使うというか。
 まぁ、結局日本全体として社会そのものの考え方が変わらなきゃならないとは思うんだが、新入社員が入社したとして、彼らの成長実感欲望を満たすために無茶な目標を達成させてみたりすることも、かなりの場合で害が大きい。他人より秀でることが自分の存在感を増すと考えているような認知欲求の高い若者だと、自分の成果を際立たせるために場を混乱させたりする。そしてそれはかなりの確率で過当競争を招き、業界全体が疲弊することになる。そして、それは長い目で見れば消費者にとってもよくない。その典型が東芝HD-DVDではないが、日本の家電メーカーによる規格競争だったりする。日本のメーカー品も、機能がついてれば世界的に席巻できたのかというと、ヨーロッパのシンプルだが頑丈な家電や外車などを日本人の特権階級がわざわざ*1買ったりしているわけで、なんか日本のわがまゝな消費者に迎合して洗練されて便利になっていると言われている割には、言うほど海外では受け入れられてはいないというか。むしろ日本製品に実装されている便利な機能だけを「これ、イタダキ」とばかりに抜き取って、海外製品に必要な分だけ取り入れられてしまって、デザインや使い心地で日本製品を圧倒していたりとかする。パチもんでも、日本製品と同じ機能、もしくはin1ソフトのように詰め込まれるだけ詰め込まれて圧倒的に安い値段で売り出されているアジア製品にやられていたりする。
 なんつーか、日本企業は日本人技術者を冷遇して海外企業に逃げられて仕返しされたり、わざわざ他国製品がどの機能をとりいれたらいいかの判断材料にされるためだけに、機能ゴッテリの便利商品を作って海外企業の開発費用を浮かさせてみたり、日本の大手企業ほどバカな経営をしているよなとは思う。結局そういう会社に就職したって、オイシイ思いをするのはコネのある人間だけだったりするわけで、それ以外の人間は使い潰され、すり減らされるだけだ。だからといって日本の中小企業がいいのかと言えば、そういうダメ大企業にアゴで使われて仕入れ値を値切られるわけで、よっぽど競合他社がいないニッチで優良な企業でないと、大企業同様擂り潰されるだけだと思う。
 だから、新人社員を逃がさないために、企業内教育を充実させれば解決する問題なのか?と言えば、

  • そもそも日本の大企業の経営に問題がある。
  • 生産者もしくは販売者と、消費者の間に緩やかな紐帯とも言うべき対話が成り立っていない。そもそも消費者がクレーマー体質になっており、それなら生産者のほうも気兼ねなく消費者を食い潰すという、お互いがお互いを喰い物にしようというギスギスした関係である。
  • 政治家が日本の産業育成を考えていない。国民の労働報酬だけでなく、勤勉性だのモラルだのの社会資本・技術力・地方だの家族だの共同体だののすべてを金に換算して、それを掠め取ることしか考えていない。

 といった問題が山積。
 まぁ言うなれば、経済成長を至上目的と考えているすべての日本人が、自分の金儲けのためだけに周囲が見えなくなっており、自分が立っている地盤というか社会そのものを破壊しているという自覚がないうちは、新人も育たないし、人を使い捨てにするような会社ほど新入社員の定着率が悪いという状況はまだまだ続くだろう。いくら会社が教育熱心で、社会全体を考えた経営を心がけていたとしても、入った新入社員が金目的だの、自己認知欲求の異様に高い自己中だった場合、会社のノウハウを奪われて、ハゲタカ企業にトンズラするだけだろうし。そもそもほとんどの企業が丁寧に教育したくとも余裕がないとか、そもそも新人を使い捨て前提で雇うってのが大多数だろうしな。そうでもなかったら、こうも低賃金外国人労働者を使ったりしないって。影響はないわけではないが、ほとんど効果ないよね。

*1:むしろ日本製品より故障しやすい製品をわざわざ。しかし最近はソニータイマーではないが、個々の部品に要求される性能をコストカットのため下げて、耐久力は下がっていたりする。