けものフレンズ 第10話

 奇しくもサーバルが泣いたところで自分も涙が流れてしまった。
 この作品を見始めたときはある程度ネットなんかでヒットした頃なんだが、頭のゆるい台詞が流行っていた割に自分にはそんな能天気な楽しみ方ができなかったのだが、なんかその理由がわかったような気がする。それはなんというか、自分の海外旅行体験に似ているからなのかもという。もっと格好つけていえば、いろんな土地を訪れていろんなフレンズに出会うというのは、おそらく文化人類学者がフィールドワークをするのと似たような手法なのであって、それが最近言及されているミライさんの立ち位置なんかなと思った次第。各地のフレンズが一見おかしな風習や考え方をしていても、自分の場合それはその人が拠って立つ文化的背景と違うからおかしく見えるだけであって、それは相手からみると自分の風習や考え方をおかしく見ていてもなんら不自然ではない。海外旅行経験でそういう考え方ができるようになったから、この作品を見てもいわゆる笑いものにするという意味でおかしく鑑賞できなかったのかも。さすがにそこまでの主張ではないだろうが、国際的視野(友好とか協調という概念がフレンズという用語に示されているかも)を念頭に置いているのかもという感じ。すなわち動物の違いが国籍や民族の違いと考えてもそう遠くもないかなと。