Re:ゼロから始める異世界生活 第19話

 よく考えたら、ゲームを手本とするなら死に戻りでなくHP1で生き残るって設定に何故しなかったんだろう。
 いやまぁそりゃやり直しこそがテーマだからってのはわかるんだけどサ。艦これ関連の二次創作絵のついでにレムの絵を目にすることが多いんだが、結局のところスバルは死に戻りのチートを使わなきゃレムの好意は得られないわけで、そして死に戻りで無下に死なせてしまった数々のレムに対しての申し訳なさをスバルは感じることもなく、死に戻りで得た好意を何の疑問もなく受け取っているのも、ヴィル爺の対比でどうにもいけ好かない感じに思われても仕方がないはずなんだけどな。
 で、白鯨に倒されるとその存在がなかったことになるはずなのに、ヴィル爺が嫁のことをなんで覚えているのか*1とか、Web版を読んでいた頃は気にならなかったことがこう思い浮かびはするんだけど、あんまり相手にしていても仕方がないから結構スルー状態になってもいる。
 結局どの馬が勝つかわかってる状態で当たり馬券を買うとか、死に戻りで(彼自身の努力もないわけではないが)次どう行動したらよいか答えを教えてもらっているようなもので、そのレールに従ってるだけとか、どうにも救えない感じ。死に戻りというチートを得ているからこそ、この世界で彼は知力も腕力も持たせてもらってないというバランスというのもあるんだが、なんともなぁ。
 あと、寄寓していた対立候補が都合よく白鯨退治の準備を行ってましたってのもなんだかなぁと。しかもそれ、スバルが死に戻りがなくて慎重に行動してたらあれだけの取引ができてましたか?ってのも疑問。これはおそらくスバルが実際に白鯨に襲われてその恐ろしさを体感しなきゃあれだけ必死にならないはず。いや、この実際に体験してみなきゃわからないことは世の中にはたくさんあるって構造自体は結構リアリティがあるとは思うんだけど、だからといってやり直しってのもなぁ。
 うーん、なんだろ?。こう振り返ってみるとそもそもWeb版を読んでいた際にダメな構造を見抜いてなきゃいけないんじゃね?とも思うし、いや、そもそもご都合主義が本条のなろう小説にそんなのは期待してはいけなくって、やはりそこは目を瞑って実験的要素を見なくちゃならないんじゃネ?、ほんでWeb版を読んでいた際は自分にはその要素が大きかったかもとか、もう自分でもよくわかんない状態。まだしばらくではあるがそろそろ既読部分が終わる時期に差し掛かってるところなので、逆にこのアニメを視聴してなるほどこの作品に見切りをつける時期ではあったのかもと思ったりと、いろいろ雑多な思いが浮かんではくる。

*1:Web版で何らかのエクスキューズがあったかもという気がしないでもないが記憶がはっきりしない。