やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 第1話

これ自分的ヒット。Win8持ってない

 値引きシールが半額じゃない!。
 なんか今期一番の話題作らしい。というか、http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130406/p2さんあたりの記述、あとラジオなんかをちょっと聞いてみてそう思ったゞけではあるんだけどね。もちろん、アニメじゃなくて原作を読むほうが近道なんだろうなとは思っている。
 この作品を視聴する前に上記リンクで、こんなお話なんかな?と思った点が、まず、友達というのは別に要らないんじゃないか?というのがテーマなんじゃないかというのが一つ。そして、主人公達は学校では芽が出ないんだろうけど、社会に出て存在感を得るタイプなんじゃないかというのが一つ。他にもいろいろ考えられるんだけど、この二点を頭の片隅に留めて視聴するという方針で臨んだ。
 しかし、アレだね、もう最初っから全開なのな。会話劇というのがピッタリだと思うんだけど、内容が濃い濃い。自分が予想してたのは、主人公の比企谷はもうちょっと孤立を好むタイプっていうものだったんだけど、今回見た限りでも二人の女の子に告白してるし、本心は友達もカノジョも欲しいというリア充願望ダヾ漏れ。メインヒロイン(だとおもうんだけど)の雪ノ下も孤立を好むタイプなのかと思っていて、でも実際視聴してみるといやまぁ馴れ合いはさすがに嫌ってそうなんだけど、承認欲求は非常に強いように感じた。比企谷と雪ノ下ではむしろ雪ノ下が饒舌。しかもキツいことを言ってる自覚がある。自分のことをかわいゝ比企谷に何度も語っているのだが、そういう発言は自意識過剰と取られるのはわかった上なんだよね。ということから、彼女は比企谷がそういうのをスルーして本質につながる会話ができると踏んでのことだとわかる。平塚先生との話しっぷりからも、彼女は会話する相手で対応を変えているんだよね。彼女のスタイルを維持するための仮面は被っているけど、基本だれにでもキツいことを喋るわけでもない。
 そういう風に見てしまったんだが、まぁこれは由比ヶ浜の加入でまた場が変化するっぽい。でもあの学校の全体的な雰囲気が、馴れ合いをもって良しとする環境だったら、確かに彼らは社会に出て力を発揮するタイプなんだろうなというのは感じた。しかし現時点では比企谷も雪ノ下も形の違いこそあれ、リア充になりたいという願望はあるように見えたな。まぁ友達なんて実は必要ないのでは?というテーマは原作第4巻あたりで出てくるらしいので、今はそういう片鱗は見えないように感じた。
 しかしなんだね、スクールカーストの問題とか、コミュニケーション能力云々の問題とかなんでそんなに深刻化するんだろ?と不思議に思う。コミュニケーション能力の必要性が言われてきたのって、こゝ10年、もしくはもうちょっと前からだと思うんだけど、おそらく見当違いのことを言ってると思う。結局それを言ってるのって経営者だとか管理職だろ。50代あたりがそういうのを盛んに言い立てるんだが、彼らの人生を振り返ってみると、働き始めの頃はバブル真っ盛りで、本業そっちのけでいわばコミュニケーション能力だけでなんとかなってた時代に彼らの仕事の基礎が築かれた世代。専門性も一部を除いてほとんど身についていないし、商売の基本である数字が読めない、つまり成果を正当に把握も評価もできない人が多い*1。だからいざ経営者なり管理職なり責任ある立場に立って、(間違った)判断を下した場合、ほとんど失敗する。しかもその部下は失敗の原因も理由もわかっていて、諌めることも出来ない状態。詳細なレポートが上がっても経営者・管理職はわからない(もしくは誤認する)から、「わかるように説明しろ、しかも管理職の責任でないように気を遣え、それができんものはコミュニケーション不足だ」と喚きたてるんだろう。それまで全く触れられてこなかった経営層や管理職の有害さがだいたい5年ほど前から“あの”日本経済新聞ですら書き立てる現状、コミュニケーション不足なのはむしろ今の経営層や管理職なんじゃね?とつくづく思う。仕事の中身は見当違いのことを言って失敗ばかり、しかも役職に就いて偉そうに権力ばかり振り回す、建設的なこともできずに仕事は丸投げ、むしろそれが管理職の職責なのに人間関係の調整もできない、できるにしても利害関係が一致するものだけの「お友達内閣」のなかでだけ、部下への思いやりも無く成果は横取り、それでもって自分を喜ばせろ、それができないのはコミュニケーション能力不足だってなんの冗談かと思う。もう体育会系ノリでは企業はうまくやってけないってのは明白だろ。
 そういう意味で、もう友達だとかそういう馴れ合いだけで社会が成り立ってるわけではないよなんてのが最終的に言いたいんじゃなかろうかなんて想像してる。クッキーの顛末だって、比企谷は思いが大切だとか言ってたけど、示されてるのは失敗作を我慢して平らげる姿なんだよな。それは薄っぺらなコミュニケーション能力の行き着いた結末を、現実主義者が懐の大きさでもって我慢する姿。リア充というか馴れ合い派代表とも思われる由比ヶ浜が雪ノ下の本質をつく発言をかっこいゝと言い、現実派に身を寄せる描写を見ると、やっぱりそうなんだろうなという気がしている。

*1:そうでない人が経営層だとか管理職だと企業・組織はうまくいくし、ブラック企業のようなことになっていない企業もたくさんある。