ソードアート・オンライン 第11話

 結局キリトは足抜けさせてもらえなかったみたいだね。
 アヴァンのアスナの台詞に、本当なら萌えなければならなんだろうけど、涙が出て止まらなかった。いや、もう自分、ダメだね。で、謎の少女ユイの登場。ちょっとしたファンタジーだとあのような少女はモンスターに化けたりするギミックが時々あったりするんだけど、こゝはフツーに物語を解く鍵の役割だろうね。14話までがアイン・クラッド編ってことだから、あと3話ですか。
 嵐の前の静けさのような、まぁ物静かなインターミッションって感じだったな。今までぞわゝ〜ってくる感動があったので、ちょっと物足りない感じはするが。
 しかしなんだね、自分もこの歳になって、いざ、こういう話を見てしまうと、仕事で充実ってなんなんだろうな?と思わざるを得ない。絶対ってことはないんだけど、大抵仕事仲間って、仕事を離れると縁が切れちゃうわけじゃん。年が離れてたらどちらかは仕事を続けているわけだし、同い年に近くても、大抵プライベートでつるむってのもないわけじゃんか。そうやって一人になったときに、どういう状態がいゝのか?って考えると、長年連れ添った伴侶と、今回のアスナとキリトのように何するわけでもなく、日々穏やかに過ごすってのが心やすまるわけでさぁ。そりゃぁな、アスナとキリトは互いに死線を潜り抜けてきた相方なんで、結婚する前から運命共同体になっていてサ、そりゃ繋がりってのはパンピーとはちょっとやそっとじゃなく違ってるんだけどさ。でもそういうのを仕事上の仲間だとか顧客だとか、取引先上司部下あたりと四六時中共有できるか?って言われたら無理なわけじゃんか?。まぁ自分はドロップアウト組だし、伴侶もいないんだけどな、ホント仕事上、こちらがいくら心を尽くしたとしても、得られるものは刹那的な繋がりだけなんだよな。まぁこれが近代でなく、住むところが固定されているようなそういう世界だったらもっと人と人との繋がりが有機的になってくるんだろうけどサ、地域共同体がほゞ崩壊している現状だと、もう人と人とを媒介するのはホント、「カネ」だけでしかないってのを実感するんだわ。でサ、どっかのつぶやきにもあったように、フツーの結婚だともう既にカネ勘定なんだよね、嫁とか。そりゃ食うためにってことだったら昔からだったんだけども。そういった意味でアスナとキリトの関係は現代のおとぎ話ってことではあるんだよ。あるんだけど、おとぎ話なだけに美しいという。