異国迷路のクロワーゼ 第12話

 恥ずかしい台詞禁止っ!。
 クロード父の死因については話さずまゝだろうと思ってたけど、そうじゃなかったな。最終回ということでちょっとした事件を起こして引っ掻き回してみるという方法はあるのだが、これもそのような感じだったような。で、思い付きではあるのだが、やはり湯音はクロードの嫁としてオスカーに連れてこられたという線は濃いな。さすがに湯音の親に承諾を得てということはなさそうなんだけど。そうなって欲しいし推移によってはならなくても構わないぐらいじゃないかな?。そうはいっても、やはり渡仏に関しては湯音の親の承諾、なにより湯音自身が行きたいという願望がなければ観光抜きでギャルリに来るはずもない。初回から湯音はかなりフランス語を理解していたことからも、オスカーの思惑抜きで湯音に積極的な理由があったに違いないと思うのだが。
 自分が役に立ってないと悩む湯音に、クロードなりオスカーなりが無事でいるだけで十分ってのは当初引っ掛かった。クロードの営む看板屋が儲かっているかどうかは別にしても湯音は決して役に立ってないわけでもないし、いや、そうだとすると、湯音のクロードに対する構ってちゃん攻撃になってしまうのだが、それは擱いておくにしても、生きているだけで儲けモノという昨今の言説になんか似ていて辟易するのだ。が、なんだろうな?、それこそ最近巷間で喧しい、若者の失業率5割を超えるだのといった報道に思い至って、なるほどゝ理解した。
 やっぱ自分は感覚が古いというか、働く意欲さえあれば就職が容易だった昭和の感性でこの作品を眺めちゃダメなのね。当時のフランスは既に工業化の時代真っ盛りだと思うのだが、その中で古い仕事だと切り捨てられる立場を代表しているのがクロードであり、家事は現金収入に結びつかずキャリアウーマンのような生きがいを感じることのできない仕事と蔑まれていた男女雇用機会均等法の犠牲者を代表しているのが湯音なわけだ。じゃぁそうやって古い仕事だの家事だのを貶めてカネ儲けに邁進して失敗した結果が今の日本なのであり、それに対するアンチテーゼなのかもと思ってみたりする。それこそ過労死は昭和の時代からあったのであり、そこまで企業に奉仕しても、経営層の判断ミスで業績が悪化したらあっさり従業員を解雇して特権階級だけが生き残ってきた。それもこの作品でいうところのギャルリのような地域社会を破壊した上でだ。単なるお涙頂戴モノと見くびってしまうと足許を掬われる気がするな。「なにもできないのはおまえだけじゃない」というクロードの叫びが象徴している気がするな。だって、成果主義・自己責任万歳で、成果が出なきゃ他人の足を引っ張ってゞも自分が這い上がるって立場じゃ、あんな台詞は出てこないだろ。
 というわけで、総評にも入ってしまっているような気がするが、なんか昔や外国を題材にしながらも、結構現代の社会病理にも突っ込んでいる感じだな。視聴前は期待もしたし実際に期待通りの面白さだった。オタ色はほとんど無いのだが、かといって一般人向きかと言えば、ちょっと人を選ぶとは思う。世界名作劇場っぽいつくりなので年齢層も問わないのだが、裏を読めない人にとっては甘ったるいわねぇ。考証も考えられていると思うし音楽も好み。振袖で雑用をするという姿は気になってしまったのだが、湯音の姿(もしくはクロード・オスカーも)を見て斯くあるべしと思わせるものがあり、元気付けられるとまでは言わなくとも後ろ向きになりがちな心を少しだけ支えてくれるような作品だったと思う。そろそろ2011のアニメの総括をしなきゃな。 - カタログ落ちで述べたとおり、最優秀とまでは言わなくとも、かなりお気に入りの作品にはなりました。おもろ+。