ライトを壊されたぐらいでつっかかっていたんじゃなかったっけ?。
で、必死の血清運搬。単純なんだけど泣けた。要するにやっぱりマヤたちは生き生きと輝ける舞台が欲しかったんだよな。破傷風の原因がマイティ6にありながらも、仁義をきってみせるのは美しい。
現在だと不良といえどもそれなりの場が与えられればまっとうであるってコンセンサスが取れなくなっているのが厳しいわな。なんつーか、ダメな人間は本当に使えなくなっているって感じ。格差ってのは単に経済的な切り口だけでなく、日本人としてのメンタリティーももう壊れてしまっているっていうか。まぁ昔もダメな人間はいただろうけど、一皮剥けばみな同じ人間って幻想は今よりあったよな。というかそういう刷り込みをこういうテレビ作品でなされていただけかもしんないのだが。
マヤのパンチラとか、無理しなくてもいいのにな。レースにもミニスカで出場って何の冗談だか。っつーか嵐のときはゴーグルをつけないと前が見えないだろう。
まぁこのマイティ6編というかマヤ編は奥深くは無いけど、当時の世相を切り取っていると見ればそれなりに得るものはあったとは思う。当時の視聴者層には共感できる部分もあったのだろうけど、いかんせんその頃は自分はリアルタイムで視聴できようもなく、雰囲気を想像するしかないんだけど。