コヨーテ ラグタイムショー 第12話「COYOTE」

 アホか。
 うーん、結局評価できるのはマルチアーノとの舞台上での戦いを経た上で、最終チキンレース後に呟く「マルチアーノもコヨーテ」の部分だけかな。あとはなんだよ!ダイジェスト版ですか。尺が足りなさ過ぎ。地下水脈を辿っていったらギガバンクスにも到達できるし光子爆弾の近くまでいけるってどんなご都合主義やら。というかしちめんどくさいことなんてせずに、初めから宇宙船でギガバンクスレプリカまで行って、マルチアーノのようにボタンをポチっとなですべて終了したことでは?。
 期待していたマルチアーノの背負っていたものも結局ほのめかす程度。子供を生める生めない云々とか言っていましたが、なんか話が狭量のような気が。もしかすると過去のエピソードなんて見せられた日にゃぁとんだ痴話喧嘩を目の当たりにする可能性が考えられて、却って見なくて良かったのかもしれない。過去話を見せるにせよ見せないにせよ、ブルースとの因縁の説明はあったほうが良かったのではないか?。あの様子だと彼女はコヨーテ(のようなもの)に辛い目に合わされたっぽいし、そこら辺描かないとあの執念に深さが出ないような気がするよ。つーか、相手をコヨーテと看做すんだったら、ミスターはあそこでマルチアーノを抱きしめて飲みに誘うべきだろう。本気を出すかとか言っていて、マルチアーノが特攻してきたときには思いっきり吹っ飛ばされていた気がするのだが。負けはしていたけど、格闘シーンはマルチアーノのほうが洗練もされていたし、ガチの勝負も見せていたので華があったねぇ。
 政治劇もどうなんだろう?。一時解放戦線との交渉では法外な緊張感を味わわせてくれて、ストーリーの主線を食うか?と思っていたんだけど、その後皆殺しでリセットしちまうし、今回の大統領と側近の話し合いもお粗末でしたし。主人公格のストーリーが楽しめないんだったら、埋め込まれたメッセージを読み解く楽しさを捜してもいいんですが、この作品にそれはあったんだろうか?。光子爆弾のブラフ云々は社会情勢のメタか?とも思ったのですが、大量破壊兵器が有るとか無いとか言って戦争を吹っかけた彼の国の批判なりなんなりともちょっと思えなかった。
 さて、あんまりダメなところを吐き出したところで生産的でもないのだが、なにより詰め込みすぎで省略したところが多すぎってところでしょうか。ひまわりっ!がなぜか人気があったとも思えない*1のに第二期があるってことは、初めから第二期の予算をプロデューサーが分捕っていたと思うべきで、コヨーテは初めから第一期分しか金が用意できなかったんだろう。よっぽどのことがないと第二期はありえない…仮にスマッシュヒットぐらいで利益が上がったとしても、その儲けで他の作品を作るよ!ってことだったんじゃなかろうかと思ってみる。製作側は作るんならミスターとマルチアーノの対決を決着まで描くってのが頭にあって、途中でヒくにしたって続きは期待できないから、結末をお蔵入りにすることだけは絶対に避けたかったんだろう。
 じゃぁ二クールあったとして、いろいろ端折られた部分を丁寧に描写したところでストーリーが面白くなったか?と考えてみると、これまた期待できそうも無いって可能性も十分考えられて頭を抱えてしまいます。最後のステージだってミスターが苦労して入ったギガバンクス内部にマルチアーノも苦労して入ったところで、地下水脈なんて辿らずにめんどくさい手続きでギガバンクスにビショップたちが到着したところで話が面白くなるわけでも無いし。


 で。
 私が期待もし、それなりに面白いものになったのではないか?という点にコヨーテ達の気取らない洒脱さと漢気(と書いておとこぎと読む。)だと思うんですよ。そしてそれは下敷きの付録についていた漫画大冊子中の原作では割とうまく表現できていたと思うんですが。ガラ艦のように世界設定がめちゃくちゃでもあんまり気にならなかったのに、この差はなんなんでしょうね?。やっぱり主人公達の意図したことがなんだかんだいって全部望みどおりになってしまうというご都合主義がダメなんじゃないかと。まぁ尺が短い分だけキャラクターに挫折を味わわせたりする時間なんてなかったのでしょうけど。
 あとこれは期待していなかったんだけど、十二姉妹の中で特にアンジェリカと触れ合って人間性?を獲得するメイが収穫。メイというよりは機械が人間性なり機微なりを掴んでいくというテーマが良かったわけなんですが。対比される姉妹にエイプリルがいて、これがまたお母様っ子なんですが、他の姉妹がキャラクター造形的に淡々と萌え記号を埋め込まれて作られているのに対して、メイとともにどことなく陰のある湿っぽいキャラクターになっておるのです。まぁメイド服はこれは他のキャラクターと区別するためのラベリングでありますのでここでは萌え記号から除外しますけれども。最後のシーンで形見となった剣を片手にたった1人涙を流している、そしてそのエイプリルに寄り添っているのが、人間性を獲得したと思われるメイたった1人であるという点がまた印象的。
 考えてみればロボットに必要の無いはずの涙を流す機能が付いているというのはおかしな話で、じゃぁなんでついてるの?と考えると、いやいやロボットを作ったのはいかにもやさしそうな、マルチアーノの理解者と思われるニルソンで、ははぁ*2な訳ですよ。狙ってエイプリルだけに涙を流す機能をつけたり、マルチアーノに対する刷り込みを特別にかけていたのかって考えると、それこそメイが学習して人間性を獲得したように、きっとニルソンは十二姉妹すべてに涙を流す機能をつけていたであろうし、必要以上の刷り込みはどの姉妹にも行っていなかったのではないか?と思われるのです。たぶん意図的な刷り込みを姉妹に施したところで、マルチアーノはニルソンの仕業と感づくであろうし、余計なお世話と感じるであろう。そしてそんな細工が発覚した時点で、外せとニルソンに命じるであろうし、当然ニルソンは初めからそういうことを予測してあからさまな刷り込みなんてしていなかったんじゃないかと思われるのです。
 そして何のきっかけがあったのか、直接的か間接的かはわからないんですけど、マルチアーノの悲しい過去にふれるとかもしくは彼女の嘆きにいたく共感することがきっとエイプリルだけにはあって、それでお母様っ子になっていたんじゃないかと考えると切ないわけですよ。まぁ私の妄想ですけども。でブルースの遺産を巡るミスターグループとマルチアーノグループの争いということを考えると、グレイスランドの情勢はもっと背景でも良かったし、アンジェリカは省いてでも2グループのキャラの掘下げ*3をやって欲しかったような気はするのです。いやチェルシーなんて前職をやめてまでくっついてきていたのに、その後たいした見せ場もなかったし。
 まぁ概観すると惜しい題材ではあったと思うのです。そしてやるならストーリーをぶった切って人気が出たら続編なんてことは考えられなかったというのもわかるのです。が折角映像化するんならポイントを絞ったほうが自分的には楽しめたんじゃないかと思うのです。音楽的には気張ってたと思うし、メカを除く作画も良かったと思う。でも好評価はちょっとむずかしいかな。普通。

*1:いや、私はかなりこの作品が好きなのですが。

*2:生める体云々と言っておりましたが、よくよく考えてみればマルチアーノが子供を欲しがっているというのもニルソンは知っているらしい。だからこそのあの外観な訳ですな。

*3:やるんだったらマルチアーノやエイプリルだけじゃなくカタナやビショップもやんなきゃなんないのでこれまた時間的に難しいとは思う。