干物妹!うまるちゃんR 第4話

 相談の内容は明かさないんだ。
 クリスマスと正月その他の巻。クリスマスはネタとしてカップルで過ごすというのを念頭に置きながらもキャラにそうさせないのはオタク向けの配慮なのか。
 ちょっと変化があって面白いなと思ったのはお年玉二重受け取りの可否。キャラの頭の中で悪魔の囁きと天使の制止ってのはよくあるのだが、わざわざテストケースを示して視聴者に提示していること。自販機の例もラーメン屋の喩えもどちらも間違っているわけではないので、何気に考えさせる構造になってる。但し、自販機もラーメン屋も相手が他人だが、お年玉の件は法規外のどちらかというと良心の問題なので、お年玉の二重取りの正当性というよりは、それをきっかけにテストケースのことを考えさせるというのが目的なんだろうという気がする。要するに「飽き」対策。うまる視点での組み立てだけだったらおそらく飽きてるはず。
 個人的にはオトモダチ症候群ネタは多すぎと感じるんだが、こういうネタがヒットする層が多いのかな。なんつーか、地縁社会だと幼少期の人間関係は将来の地域の担い手としての連帯感その他のために重要だし、だからこそ地域で子供を育てるって視点が現れる。学校制度が確立したてのころは学校での人間関係が地縁社会の人間関係の相似形として機能してた部分が多いのでこれもまぁわかる。が、現代は地縁社会も、それの相似形としての学校制度も崩壊しており、個人主義として個の利益を追求するのが標準となってきている。そこでは社会資本をいかにマネタイズして私物化するかということが至上命題にならざるを得ず、そうなると初期の学校の機能が失われ*1、というか学校崩壊を招くのも当然の帰結。日本が産業化のために生産性向上の部分だけを輸入してきたが、そろそろ今までちっとも顧みることのなかった近代化のもう一つの側面である近代市民の部分を今こそ普及させる段階なのではないだろうか?という気はする。それはこの作品にあるような良きオトモダチ関係の醸成ではなくって、お互いの距離のとり方なんじゃないかな。まぁそういうのをこの作品にぶつけるのは本末転倒だし、その気もないのではあるが。

*1:学校を卒業するとそこでの人間関係が数年でほゞ雲散霧消する。もちろん個人的に人間関係が継続するのはアリだが、コミュニティとしては既にその機能はない。