銀の匙 第9話

 常盤の処分が大騒ぎするほど大変じゃなかった件について。
 八軒の豚丼への熱心な世話が周囲を巻き込む話。うーん、なるほどね。自分が大学生のときは、寮に入っていて、その寮には各学部、日本全国からの学生が住んでいたわけで、それこそこの作品より多様性はあったので、刺激は大きかった。なので、こういう巻き込み・巻き込まれる関係を重視する主張はなんとなくわかる。この作品だと農家の後継ぎで同種の考えでまとまりやすいところへ、八軒のような別の視点での考えが挿入されるってのは、議論をする上で前提条件がはっきりしているだけに高校生にはわかりやすい構造となっている。というか前提条件を疑う…というむしろ一番重要なことを考えるきっかけになるわけで。で、この作品世界だと、ほとんどの生徒の将来が農業関係になるので、そのつながりはずっと続くだけに、理想的な状態だよね。わりかし現代の学校教育ってのは口ではいろいろな考えを重視とか言いながら、実は画一的な考えを押し付けるようになってきており*1、それに対応するように生徒もこの作品のように主体的に議論したりするのではなく、依存心が強くなっていく方向に進んでいそうではある。まぁ蝦夷農の教員って、大体が古いタイプの教育者ではあるよね。で、寮の名前が大蝦夷農業高等学校農業経営者育成寮となっているわけで、ガワは現代的だけど、内容が明治ぐらいのエリート育成校のような雰囲気(本で読んだ感じでテキトーに吹いてしまうが)に描いてある。
 まぁダイヴァーシティのことを台詞で説明してしまっているのは、以前にも述べたとおりのわかりやすさ重視だとは思うんだが、まぁ豚丼の育成に関してセンチメンタリズムだけで済まさないよという気概が示されていて、これが妙な教育番組的な色彩が薄くなっているってのが手腕ではあるわな。

*1:というよりは二極化が進み、上位校は多様性が確保される一方、画一的な教育を施す学校が年々増えている状況