ロミオ×ジュリエット 第18話「志 〜それぞれの胸に〜」

 マスコミつーより演芸礼讃ですか。
 なるほどなるほど。人々を動かして、世の中を変革させるのはモンタギュー述べるところの憎しみと恐怖ではなくって、愛ですか…。まぁ剣には剣をと言ったところで勢力が弱い限り犠牲が増えるだけで逆転は適わないってのもそうなんですがね。精神分野をジュリエット側が担当、食うほうの分野をロミオ側が担当してて、うまくつながってはいたんですが。
 演劇が果たしてきた役割、それもシェークスピアに繋げているところなんかもうまかったといえばうまかった。話数的にはまだまだ一波乱も二波乱もあるタイミングではあるのですが、どうやら物語としてのどん底は前話あたりがそうだったみたいですな。通常の方法ではうまくいかないが、じゃぁどうやったら好転するのか?といったところでの提案は美しく描けていたと思う。犠牲者を出しはするが、ポイントを押さえて数は出さないってのもよく効いているのかな。
 この回のポイントというか、たぶんこの作品の最大の転回点が、ジョバンニの「夢物語だけではメシは食えんぞ」に対するロミオの切り返しだと思うんだが、ここがうまく作ってあるんだわな。よくよく確認してみると、ロミオは荒れた土地でも育つという種を示しただけで、決して実証したわけではなくって、しかも家族を呼び寄せるといった夢物語を示しているだけなんだな。アコースティックギターのBGMでうまく煽っているけど、あそこでジョバンニたちが「そんな言葉に騙されるかっ」と激怒してもおかしくない場面であって、そこらへん視聴者の流し方を考えているのかなと思わんでもない。
 物語的には貴種流離譚であって、苦労の末自分の罪を自覚するなり、この作品のように悟りを経て、賢人に認められて援助を受ける段階であって、そうそう新しい展開でもない。貰った種はマメのようで、あんな量で全員を賄えるとは到底思えないんだが、あそこはシンボルとして「主人公が成長したあかしに援助を受けた」ということが表現できれば、誇張は別に構わない。ただ、ちょっと農業をほんの少し齧ったものとしては、そもそもエスカラスの恵みが枯れて植物が育たなくなっているのに荒れた土地で食料が増産できるって、品種が強健なものだからといって都合がよすぎやしないか?と思う。そりゃ根瘤菌の作用で空中窒素の固定ができるマメは、畑の肉と呼ばれるほど栄養価も栄養バランスもとれた作物だけどさぁ。ま、物語的には別に問題ないといやぁ無いが。
 美しいものを見せてもらったとは思うんだが、それでも自分的には「ケッ、愛かよ」とジョバンニのいった夢物語だけではメシは食えない的印象がまだまだ強い。たぶん×憎しみ○愛の方向で、いろいろ揺れながらもこの方針を増幅させて物語を進めていくんだろうが、どうもねぇ。