戦争責任?

 昨日は(というより今日の早い時間)藤原直哉のインターネット放送局を聞いていて、今の日本の状況が太平洋戦争敗戦時の状況と良く似ているという主張で燃え上がることがありました。例えば戦艦大和に乗っていたのは当時としては優秀な人材であって、結局作戦で死んでしまうわけなんですが、どっちにしろ大本営など間違った作戦を立てた人間は安全な場所で命令を下すだけで、優秀な人間を最前線で使い捨てにしただけでなく、敗戦時には色々な財産を横領したということを述べておりました。まぁ身もふたも無い話ではありますが、結局そういうことで敗戦時には社会のために自分を犠牲にするような善意の人間は死んでしまっていて、むしろ人を騙すような人間が大量に生き残ったというこれまた香ばしいお話*1が。まぁ戦争責任のお話ということで。
 まぁ恒例行事と化した中国の抗議はまともに相手すると疲れるだけなのでおいとくとして、安倍政権の画期的な点*2は太平洋戦争という負け戦を引き起こした者の責任について言及したことではなかろうかと。実際問題として戦没者の遺族がほとんどお亡くなりになっている時期にさしかかってきたことが大きいのだろうが、そして今の日本の惨状を敗戦時の状況に喩えて、実は暗に前政権を批判しているのでは?というところも考えられて考えさせられるところがあります。ただ、戦前・戦中は「間違った命令でも上層部には絶対服従*3で、従わなかったら容赦なく軍法会議」にかけられるのに、「間違った作戦を立てたのに軍法が無いために上層部は勝手放題」であったことが結局敗戦時に断罪されないまゝ*4今まで無責任状態が放置されてきました。靖国問題は、どんな間違った命令でも粛々と従って無駄死にした英霊は大いに祀られなければならないとは思いますが、無駄死にさせた側が日本国民の手で断罪されることがないまゝ祀られるのは本末転倒な気がする。もちろん公式には日本は極東軍事裁判を追認したという立場をとっているので、A級戦犯を崇め奉っているということはないとのことではあります。そしてA級戦犯の遺族の方々の中には「あまりにも申し訳ないので、むしろ分祀してくれ」といった方もいらっしゃったとも聞き及んでおります。ただ、やっぱり日本の歴史的におさえておかなくてはならないのは無謀な戦争に日本を追いやった張本人が何より日本人自身の手で断罪されることが今の今まで無かったこと、そして権力を持った人間がどんな失敗をおかしても責任を追及されないことをいいことに、調子こいて好き放題した挙句トンズラこくことが常態化したことが大問題なのだと思う。そういう風潮が残っていたために今の惨状を引き起こしているのだと思う。高度成長期が日露戦争ぐらいだとすると、オイルショック、日米貿易摩擦ぐらいまでが大正デモクラシー第一次世界大戦の時期で、バブル崩壊がミッドウェー敗戦、明確な終戦時期はわからないのだが、時間軸的には自民党の与党転落やアジア通貨危機ぐらいのへんがそうではなかろうか。そして森〜小泉政権時期がいわゆる軍部による物資横流しの時期にあたるんではないかと。リンク先のネットラジオは、これからの日本は癒しだとか言っていて、たしかに今の上層部が言うとおりにあくせく働いても何の益もないので余裕を持とうよ!というのには賛成なんだが、無資源国の日本がそれでこれからやっていけるのかはどうにも心もとない。まぁいくら外見が良くても現政権に判断を委ねるのはさすがに危なっかしいので、死なない程度にはのんびりやっていきましょうやということで。

*1:名古屋人から直接聞いた話なんですけど、織田信長豊臣秀吉およびその優秀な配下は戦国時代に全員愛知を出てしまって、残った人間はカスばかりというお話が思い出されて泣

*2:祖父が岸信介だから結構勇気はあると思う。

*3:まぁ、軍隊はそうでないと組織がまとまらないという点はありますが

*4:敗戦という“結果”まで明らかになっているのに