まよチキ! 第12話

 歩道橋の上にバイク。
 次回を見てみなきゃ本当のところはわかんないのだが、どうやら実質今回が最終回、次回がお楽しみ回らしい。自分はてっきりスバルは女の子として過ごし、執事に復帰はないのかと思っていた。というか、ぷにゅるで転校してくるのか。あ、後、スバルが一年生だというのにもビックリ。
 スバルの危機に近次郎が立ち上がって解決。署名ってのがそれほど訴求力があるものとも思えないんだけど、そこらへん、奏は立場上表立ってスバルに加勢できないし、近次郎が関係者に対して調整を行ったって構造が示されてれば良いわけで、署名はその一例というか記号に過ぎないんだろう。涼月家にとっても、スバルはスバル父の単なる娘って立ち位置ではなく、おそらく涼月家で基本面倒を見ると同時にスバルにも奉仕させるという封建関係にあるから、仮に執事を辞めさせるにしてもそれ以外の仕事をあてがわなくちゃならないわけで、正直なところ執事以外に適当な仕事はなかったんじゃないかと思われる。奏があぁいう性格で、能力も低くは無さそうだから、基本奏の結婚相手に求められる能力はあまり無いと思われる。そうなると奏の補佐役は忠誠度の高い人間が適任で、まぁフツーに考えてもスバル以外にいそうにない。そのスバルが今後もなにか失態を起こしたときに、支えてくれるなり尻拭いをしてくれる人間がいるというのが明らかになればそれでよかったと見るべきだろう。
 奏の変化も面白い。近次郎を男として見直すといったご褒美はともかく、今回のスバル解任の騒動は彼女に大いに責任があって、当主としての軽率な行動が今後は戒められるだろうという描写になっていた。なんのかんのいって彼女は優秀なのだが、彼女の決断一つで他人の人生を左右してしまうわけであり、それはかなり彼女に刻み込まれた様子。スバル解任を決定した奏父はむしろ奏の教育のためにそのような処分を行ったとみるべきだろうね。
 まぁそういうことをつらつら考えてみると、この作品ってのは極めて階級社会的な構造を示しており、なんともむずがゆい。特に今の日本は強欲な特権階級が好き放題してめちゃくちゃな状態になっているわけで、そのへん微妙なところである。が、特権階級の行動如何でどうにでもなることではあるのだ。人間同士の信用・信頼ってのは手軽に得られるものではない。指導者がバランス感覚を失わず、そして指導される側もその能力をいかんなく発揮すれば実はそれはそれでよりよい社会が築ける。が、特権階級が搾取の限りを尽くしたり、庶民が下克上をめざして他人を蹴落としてまでのし上がるようなことになったら社会は荒れる。もちろん身分・階級に寄らず能力のある人間が適切な仕事に就くのが理想だが、長い経験を要するものはなかなか難しいものがある。そのへんこの作品だと階級構造を描きながら、理想的な(間違えもするが)指導者を描く事によってなんらかの提示を行っていると見るべきだろう。
 それから、スバルをネタに性別の転倒を提示していたが、こゝに至って振り返ってみると、別にスバルは男装の娘じゃなくても物語が成立してしまうことに気付く。そりゃスバルが女なのに男装しているという秘密の共有はそれなりに絶妙なんだけど、別にスバルが男だとしても近次郎がスバルの力になろうとする動きは変わることがないという物語にすることがいくらでもできる。でもまぁそうなると大きなお兄ちゃん向きの作品にはならなかったろうが。
 そういうわけで、なんというか、視聴前にこの作品に抱いていた単なる萌えアニメという印象はかなり削がれた形だ。甘っちょろいといわれゝば甘っちょろいんだが、特権階級も人の上に立つのであれば斯くあるべしといったところや、庶民は庶民での日常との格闘の形とか、社会がこうだったらギスギスせずに済んでたのになと思わせるに十分だったように思う。初めの頃の3〜4話を乗り切ればかなり入れ込んで楽しめる作品だとは思う。ちょっと甘い評価だが、おもろ+をつけておきたい。
 あ、いちおう最終話はちゃんと視聴するつもりではありますが。