アニメ終了番組、追加その2

  • ゴーン

 なんか気合を入れて作ってると思われる割に大きなテーマが見えなくて困惑した作品。振り返ってみると、妖精教団、自分たちに都合の悪い勢力は神獣で消し去って、オトモダチの指導者になって我欲の限りを尽くす…ってところから、昨今のアニメ作品にみられがちなアベ批判なのかなと思わなくもないんだけど、第1期のクーデターあたりもそうだし、世相批判を入れながらも、一つの完成された作品としての出来を重視するあまり隠しすぎてにっちもさっちもいかなくなったのかなという。
 まぁ妖精何のメタファーかというのも最後までよくわからずじまいだったのだが、前に述べた通り、人間の欲や、欲に伴う力あたりにしか見えなくて、今回の神獣騒動もその欲の体現として金融資本主義の貪欲さあたりが見え隠れしているように自分には見えた。
 大きな構造としては、マーリヤとヴェロニカのラインが強調されていて、これは地縁に当たる。対してレイドーンやドロテアは近代市民社会に当たり、そういう構造が正しいとすれば、マーリヤは最初、近代市民社会の手助け(ドロテア)を借りてヴェロニカ、すなわち地縁の回復を望んでいたといえる。ところが時代はそれを許さず、欲を制御して安定した近代市民社会を築くどころか、戦争やカルト、我欲のマネタイズが浸透してレイドーンの村を焼き払ってまでの対策も時既に遅し*1といったところだろう。物語の結末としてヴェロニカの退場*2によって地縁の復活は絶たれたという結論になる。もとからドロテアはヴェロニカ確保の手段としてしか考えていなかったろうからマーリヤはともかく、フリーもおそらくドロテアをやめているのはどうなんだろ?と思わなくもないのだが、彼こそが戦争体験や今回の騒動を通じて地縁まで破壊し去る近代資本主義の犠牲者であって、それに嫌気がさしたと考えるとそう意外な感じでもない。今までマーリヤにドロテアとの仲間意識を何度も確認させていたのに結局去るのか…といった点については個人的には不思議はない。なんといってもあの仲間意識、いかにもとってつけたようで、あの白々しさはむしろ狙ってやってたんだろうなという疑惑がずっと自分の頭の中にあったから腑に落ちた感じ。
 統一ゼスキアの、主要閣僚が日本でいう明治の元勲っぽくて彼らが政府内の反動勢力に粛清されていく様子、そして政府内に盛大に反動勢力が巣食っている様子あたりも現代日本のメタファーにふさわしい。重厚な世界観と見せかけてその実描かれている組織はどれもこれも薄っぺらいのも、現代日本を揶揄しているのだとすれば、これもまたそう違和感はないように思った。
 しかし、地方についていろいろ作品を作ってきたP.A.Worksがこういう、もう地方の隆盛は無理なんだよとでもいわんばかりの作品を作ったのは、敗北宣言とでもいったほうがよいのだろうか。いろいろもどかしいことも多かったし、登場人物にもうちょっとスマートな振る舞いをさせても良かったのではと思わなくもないのだが、この作品のテーマが上記の通り近代資本主義に飲み込まれてしまった地方や庶民なのだとしたら、全体振り返ってみてそうそう悪いものでもなかったかなという感じ。地縁が破壊されて居場所を失ったマーリヤ(とフリー)が退場していくシーンで〆、救いを描かないのもちょっとした感慨はある。

  • アフリカ

 うーん、これいろいろ難しい。前回板買ってねのセリフや今回の面白くなかったというセリフからしても、スタッフは割とわかってアニメ化してたんだろうなという気はする。
 何が難しいかというと、もう大企業のサラリーマンは日本人の標準としての実態を失っていること。雇われにしたって若者のかなりの部分は非正規雇用があたりまえになっているし、今や40~50代ですら首切り対象になっている。カネ持ちが欲張って庶民をイジめるのは、これはもうしかたのないことであって、泥棒に泥棒をするなというぐらい意味のないこと。泥棒には説教だとか社会復帰だとかは意味のないことであって、厳しく罰して牢屋にぶち込み世間に迷惑をかけさせないことなのだが、泥棒が社会の頂点に立っているのだから仕方がない。だが、労働者の味方であるはずの労働組合、日本で言えば連合が、こともあろうに消費税増税を求め、今、この瞬間にも中堅どころが大企業に首を切られようとしているのに、何の抗議もせず黙認状態。こういう有様の中、組合潰しを完成させた中曽根が大往生とかどんなタイミングだよと思うのだが、こういう状況の中、人々は安定した生活を求めるがゆえにできるだけ大企業を目指すし、かといって今や少々の学力があったところで大企業の正社員なんて無理ゲーの時代に入ってきてる。
 日本だと、中小企業の割合が多くて、大企業の正社員は下手すると5%ほど、多めに見積もっても一割か二割ぐらいになっているわけで、それは江戸時代でいえば武士階級なのであり、もう下手するとそれはプチブルというかちょっとした上流階級に属する。そういう社会構造の中、サラリーマン奮闘記だとか応援歌だとか、好意的な立ち位置でアニメを作ってウケるはずがない。なので、こうつらつら今までの話を振り返ってみても、たしかにそういうエピソードは極小である。サラリーマンどころかJKですらどちらかというと嫌悪の対象として描かれてる。正直作ってる方も辛いものがありはしないかと余計な心配をしてしまう。
 メインキャラのライオンも、トカゲやオオハシに「先輩」呼ばわりされてるから、最初の頃はせいぜい歳が10も離れてない、肩書としては同格の年上の存在かと思っていたら、机の配置からすると昔のサラリーマンものからすると課長職の立ち位置で、JKの娘がいるところからすると40とか50ぐらいの年齢のはず。それを先輩と呼ばせてる不自然さとかまぁいろいろ考えるところはある。世代的にはおそらく就職氷河期あたりだろうけどねぇ。はっちゃけキャラのオオハシとかちょっと冷静だが草食系っぽいトカゲはゆとり世代だし、新人の鶴はネット世代だから世相を意識してるのも間違いない。ただ、だからといって面白くなってるかどうかは別。ツボに入ったネタもあるが、打率は低め。だが、それも上記を考えると仕方がない。
 この作品の問答無用の長所が一つはあって、それは大塚明夫のED。これは和む。最初音が外れているのかと思ったが、聞いていると音が揺れてるだけで外れているわけではないように思う。これは絶品だった。

*1:物語では神獣が退治されたが、現実には世界中で神獣が暴れまわってる状態

*2:まぁ前回盛大にフラグが立っていたので最終回の結末はかなり予想できた